Project JRS公式ブログ

只見線を応援する同人サークル「Project JRS」公式ブログ! Project JRSでは茨城県及び北海道も応援しています!

カテゴリ: ┣音と映像で残す列車たち

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やはり、今日は この記事を書かずにはいられませんでした。
私にとっても185系は思い出深い車両ですからね~
あかぎ、草津、水上と北関東に向かう185系はすべて乗った訳ですし、それ以外にも踊り子もホームライナーも乗ったのでもう本当にかけがえのない列車だったのは間違いありません。

本日も、最後の運転となるホームライナー小田原を渋谷駅で湘南ライナーを品川駅で見送って来ました。

今回は撮りはほどほどに主に見送りに専念させて頂きました。
思い出深い車両ですからね~撮るよりもお世話になった車両に敬意を込めて見送らせてもらいました。

結局、ホームライナー小田原と湘南ライナーを3本も見送ってしまいましたがコレで悔いはありません!!!

今日は、そんな湘南ライナーとホームライナー小田原21号のドキュメントをお届け致します!

★ホームライナー小田原(渋谷駅)

最終日のホームライナー小田原21号は前の列車が遅れていた事もあり数分遅れて渋谷駅に到着いたしました。

1時間ほど前から先頭車を撮ろうと撮り鉄が集結しておりました。
新宿駅程の混雑ではありませんでしたが、やはり185系が人気が高いことを物語ってますよね~
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そうそう!渋谷駅では昨日までオリジナルのポスターが張ってあったんですよ!
渋谷駅の駅員も思い出深い列車だったんでしょうね。

こんな手がかかる列車本当にないですもんね~

★湘南ライナー(品川駅)
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所変わって品川駅!
やはり、本数が多いという事もあり撮り鉄多し!
マナーがなってないガキ鉄、よく分からないけど撮ってる一般客などなど今まで以上に多くの人が集まっておりました!だから、あれ程早めに撮っておけよと言ったのに………アホですよね~
(画像は、2年ほど前のガラガラ時代に撮った写真)

私も数ヶ月前から撮ってたから今日は撮ってないのに………コツコツと撮り溜めたから今日は見送りに専念できたのです。

まぁ、東京駅よりは品川駅の方が少なかったですけどやはり本数が多い分マナーの悪い撮影者が多く見受けられたのは少し残念に感じました。

個人的には、湘南ライナーは乗れなかったのは悔やまれますが、結果的に今日は3本も見送れて本当に良かったです。

★踊り子
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最後は、やっぱり特急「踊り子」ですね。

Twitterのトレンドにまで入った特急「踊り子16号」は修善寺からの5両+伊豆急下田からの10両が熱海で連結される定期列車最後の185系です。

その中でも一番の感動を呼んでいるのがこのTwitterでした。
私もつい2日ほど前にこの場所を通ったわけですが、
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伊豆箱根鉄道駿豆線 大場駅近くにある伊豆箱根鉄道本社です。

その場所から、185系ラストランのためだけに社員総出で見送っていたそうです。
さらにグループ会社の伊豆箱根バスに加え最前列には伊豆箱根鉄道の乗務員だろうか最敬礼して見送っていたなんて本当感動モノですよ!

伊豆箱根鉄道は、西武グループの鉄道会社であり鉄道会社としてはJRと敵対する訳です。
そんな伊豆箱根鉄道が手を振って見送るというなんとも言えないものがありますよね。

これも、本当に185系が愛されていた証です。

その他、伊豆急行では伊豆急下田駅で出発の横断幕を掲げたりと沿線では大いに盛り上がっていたようです。一部不届き者が居たようですが沿線から愛された185系も本日を持って一段落。
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明日からは中央特急として活躍したE257系が首都圏と伊豆を結ぶ架け橋となる。

185系もまだ波動・団体輸送としての任務が待ってますが、今日この時を持って定期列車からは退きました。これも時代の流れとはいえ、やはりJR東日本から国鉄形の特急がなくなるのは本当に悲しいです。


本日も、最後に・・・
ホームライナー小田原渋谷駅発車シーンの動画を公開したいと思います。
今後も、当ブログでは185系が残した軌跡をこのページで公開していきますので今後ともぜひご覧ください!なんならチャンネル登録してもいいですよ!

感動をありがとう!185系!
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いよいよ本日の運用を持って「踊り子」「湘南ライナー」「ホームライナー小田原」から185系が姿を消します。

当ブログはダイヤ改正後も引き続き185系の記事を書き続けますので引き続きお楽しみいただければ幸いでございます。 

本日は、長年高崎線ユーザーには親しまれてきた185系特急「あかぎ」系統の列車を見ていきましょう!
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特急あかぎの前身列車は、1950年に上野~桐生・小山間を高崎線⇛両毛線経由で運転する快速列車「はるな」「あかぎ」が運転を開始したことからスタートします。

10年後の1960年、「あかぎ」が上野~前橋駅間で80系を使用した準急列車(毎日運転の臨時列車)になります。これで、今の形になるわけです。
さらに、翌年には準急「あかぎ」が定期列車に格上げされます。

1966年には、急行列車へ!さらに、「はるな」の上野~前橋間が「あかぎ」に統合され、「あかぎ」が2往復になります。

1968年には、185系の前身165系が投入!桐生駅・小山駅まで普通列車として延長される列車を運転します。

少し経過して、1982年11月15日・・・
上越新幹線開業に伴うダイヤ改正により、小山駅乗り入れ列車を急行「はるな」とし、185系による特急「あかぎ」と分離。なお、特急「あかぎ」は桐生発の上り列車も運行される。
また、いずれも前橋~桐生・小山間は普通列車として運行される。

3年後の1985年3月14日、上越新幹線上野駅乗り入れに伴うダイヤ改正により、急行「はるな」が廃止となり、急行「あかぎ」はエル特急「新特急あかぎ」になる。

ここで満を持して、新特急へと変わりました。

1989年3月11日のダイヤ改正により「新特急あかぎ」の桐生発の上り列車が廃止となり、全列車が上野~前橋間の運転になります。今や高崎止まりや新前橋止まりの特急「あかぎ」も設定されているわけで、明後日のダイヤ改正で前橋へ行く「あかぎ」も見納めになってしまうというのだから悲しいとしか言いようがないですね。
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一部ユーザーが言ってましたけど、『県庁所在地に特急が行かないとはどういうことなのだ?』と・・・これも時代の流れと言われてしまうとなんかもうね。言葉にならないですね・・・

1993年3月18日、新宿発高崎行きの特急「新特急ホームタウン高崎」が運転開始!
この列車は平日下り列車のみ運転され、ホームライナーと同等の運行形態の列車でした。
休日についても、新宿~高崎間で運転する「新特急あかぎ」21号・22号が設定されました。

ホームタウン高崎が新宿1995年(平成7年)12月1日:「新特急あかぎ」の下り1本が平日のみの運行とする。さらに、185系新前橋車のリニューアルに伴い、ヘッドマークのデザインが変更される(185系田町車は旧デザインのまま)。乗り入れする「あかぎ」の原型と言ってもいいでしょうね。

翌1994年12月3日のダイヤ改正で、何を思ったのか休日限定の「新特急あかぎ」21・22号がなぜか「新特急ウィークエンドあかぎ」と名称を変更します。

1995年12月1日、「新特急あかぎ」の下り1本が平日のみの運行とする。
さらに、185系新前橋車のリニューアルに伴い、ヘッドマークのデザインが変更されます(185系田町車は旧デザインのまま)。

1997年10月1日、朝の上り列車1本が新宿駅に乗り入れ開始し、平日は「新特急さわやかあかぎ」、休日は「新特急ウィークエンドあかぎ」になる。
「新特急谷川」が「新特急水上」に改称されたことにより、新前橋車のヘッドマークデザインが再び変更される(田町車はそのまま)。

その変更されたのがこちら↓
一番上の「あかぎ」ヘッドマークが旧田町車のヘッドマークで・・・
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こちらがリニューアルされた「あかぎ」のヘッドマークです。

旧ヘッドマークは群馬県が誇る赤城山と大沼がモチーフとなっていますが、新ヘッドマークでは上毛三山(赤城山・榛名山・妙義山)をかたどった群馬県を代表する山々を表すヘッドマークに変更となりました。

この時代、「あかぎ」の名乗る派生列車が数多く登場したJRの迷走期ですねwww
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2002年12月1日、エル特急および新特急の名称が廃止されたため、特急「あかぎ」「ウィークエンドあかぎ」となる。
同時に「新特急ホームタウン高崎」「新特急さわやかあかぎ」が「あかぎ」に統一されます。
田町車のヘッドマークデザインは変わらないが、L表示が無くなり、新特急から特急表示になる(一番上の写真参照)。

2010年12月4日、一部編成の変更と土休日の上下3本の運転を取りやめになり、特急「ウィークエンドあかぎ」も廃止され、「あかぎ」に統一されます。

2014年3月15日。上野発着の「あかぎ」に651系が投入。
平日通勤時間帯は「あかぎ」に代わり、また夜間の「ホームライナー鴻巣」も統合する形で、全席指定の「スワローあかぎ」を運転開始し、着席サービスを強化。平日運転の上り12号が廃止となった。

これが、JR東日本のホームライナー縮小の始まりですね。2014年当時「スワローあかぎ」という列車名にみな驚愕してましたね。。。今更「スワロー」を復活させるのかとかダジャレかよ!みたいなねwww

2016年(平成28年)3月26日、最後まで185系で運転されていた新宿着の「スワローあかぎ」2号・「あかぎ」8号が651系に変更され、高崎線の特急列車の車両がすべて651系に統一されてしまいました。

また、新宿発の「スワローあかぎ」13号・「あかぎ」13号が廃止され、これにより新宿経由は上り「スワローあかぎ」2号・「あかぎ」8号のみとなった。
今でも、新宿駅特急ホームである5・6番線に向かう通路には「あかぎ」が消された跡が残っています。

2018年3月17日ダイヤ改正により、「スワローあかぎ」の全列車が北本・鴻巣に停車するようになり、より通勤客が利用しやすいように停車駅を増やしました。また特急「あかぎ」と差別化をすることに。

そして、明日2021年3月13日・・・
差別化を図っていた特急「あかぎ」の全列車が北本・鴻巣に停車するようになり、「スワローあかぎ」と停車駅を統一されるのと同時に「スワローあかぎ」下り1本、「あかぎ」上り1本が廃止される。

そして・・・前述の通り利用客の低迷が原因により高崎~前橋間が区間廃止となり、1950年から続く両毛線への特急乗り入れがなくなってしまう。

特急が乗り入れなくなる前橋市のデメリットとしては、前橋市がより一層県庁所在地としての価値が低下してしまうということである。
以前から高崎が県庁所在地だと間違える方が多数居るようだが、群馬の県庁は前橋だ!

その前橋に特急が来なくなるというのは、一大事だと思う。群馬県民というより前橋市はJRに抗議してもいいと思うのだが・・・前橋市民は一体どう思っているのだろうか?

正直なところ、高崎止まりの特急あかぎってどうなんでしょうかね?まあ、終点まで乗る人はごく少数なんでしょうけど、高崎線にはポツポツと大きい駅があるからそういう駅での乗降を見込んでいるんでしょうかね~だから、高崎まではいいけどそれ以降は不要というJRの考えでしょうか?

そんな歴史ある特急「あかぎ」。今日まではまだ前橋に特急「あかぎ」が行きますので、ぜひ観光に乗り納めに乗ってみてはいかがでしょうか?

最後に貴重な2014年に撮影した185系特急「あかぎ」の発車シーンをご覧ください!

この動画の注目ポイントは、2014年という年にキーワードがあります。
はい!上野東京ラインがまだ未開通なので16・17番線に「あかぎ」と当時の「スーパーひたち」が止まっているという点である。

そしてさらに!!!16・17番線同時発車なのである!!!
今やこんなシーンは見ることができない貴重な動画です!

ぜひ、最後までご覧くださいね~!

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かつて185系は東北本線(現:宇都宮線)の上野~黒磯間を特急として走っていたことを皆さんは覚えているでしょうか?
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そう!それこそが新特急「なすの」なのである。
現在は、新特急から新幹線へと名称が受け継がれ東京~那須塩原間を結んでいる。

今日は、そんな特急から新幹線へと大躍進を遂げた「なすの」の歴史を振り返っていきましょう!

新幹線開通以前は、東北本線系統の特急といえば「はつかり」や「ひばり」「やまびこ」「あいづ」「つばさ」など東北方面に向かう列車が主となっていましたが、黒磯以南の直流区間にも休校や特急が走っていました。その代表例となっているのが「日光」や「中善寺」などの日光線へ向かう列車が多く設定されていました。

新特急なすのの前身の前身・・・「なすの」が登場したのが、1959年9月日光線電化完了にともない、上野~黒磯間に季節運転の「日光形」157系電車を使用した準急列車「なすの」が初となります。

1963年10月からは、「なすの」の使用車両が157系から急行形の165系に変更されます。

3年後の1966年3月からは、準急列車を「運行距離が100km以下の急行列車」と定義したことにより、「しもつけ」・「つくばね」・「なすの」・「わたらせ」が急行列車に昇格しました。
「なすの」に関して言うと、この当時まだ季節運転の臨時だったにもかかわらず急行に格上げされたのだから大躍進と言って過言ではないと思う。。。

さらに2年後、1968年10月いわゆる「ヨン・サン・トオ」のダイヤ改正により「しもつけ」と「なすの」が統合され、「なすの」の運転本数が毎日5往復と増発。
「なすの」下り1本が115系電車、上り1本が455・457系電車での運行となり、この上り1本が白河駅始発となります。

1970年10月には「日光」の運休日に上野~宇都宮間で運行される上り「なすの」を2本を設定し、「なすの」の運転本数は下り5本、上り7本となります。

しかし、1976年11月115系電車で運行されていた下り「なすの1号」が快速列車に格下げされてしまい「なすの」の運行本数は下り4本、上り6本に減便となってしまう。

1982年6月23日、東北新幹線が開業したことにより上野発の東北特急が一部を除いてほぼすべて廃止。
急行「日光」「いわて」「いいで」が廃止され「ばんだい」「ざおう」「あづま」が削減されたのに伴い、これを補完する形で「なすの」の運転本数を毎日下り7本、上り9本に増発されます。
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そして、1985年3月14日、東北新幹線の大宮~上野間が開業に伴い、「なすの」は上野~宇都宮・黒磯間運行のエル特急「新特急なすの」に昇格し185系200番台での運行となる。急行「まつしま」が廃止されたことを受けてそれを補う形で9往復に増発されます。

1988年3月「新特急なすの」9往復のうち、利用客の少ない4往復が快速「ラビット」に格下げされます。また、夕方以降の速達列車として快速「スイフト」が18時以降1時間に1本の割合で4往復設定されました。
新特急なすのが伸び悩んだ原因としては、上野~黒磯間の主要駅のうち、東北新幹線の停車駅ではない駅での利用を見込んでいたが、急行時代と所要時間がほとんど変わらないにもかかわらず、新特急化により事実上の運賃値上げになったことが原因に有るようです。
正直なところ、これは現在でも言えることで東北新幹線の停車駅以外にも乗降客が多くて、優等列車を走らせる意味がないんですよね。特に宇都宮線に限って言うとそれが顕著に表れるんですよね~

1990年3月には、「新特急なすの」は朝の上り1本と夕方の下り1本の計1往復となり、種別をエル特急から特急に変更します。

翌1991年3月快速「スイフト」の列車名称を廃止し通勤快速に変更となります。
(⇒その通勤快速も来週3月14日のダイヤ改正により廃止され快速ラビットに置き換わる)

さらに翌1992年3月、宇都宮発の「新特急なすの」1本と新宿発の「ホームライナー古河」を増発、毎日1.5往復(下り1本、上り2本)となります。

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1995年12月1日、東北新幹線東京~那須塩原駅で運転されていた「あおば」を分離し、「なすの」の愛称を与えたことにより従来の「新特急なすの」は「新特急おはようとちぎ」・「新特急ホームタウンとちぎ」に名称が変更となります。
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2002年12月1日、新特急の称号を廃止し、特急「おはようとちぎ」・「ホームタウンとちぎ」となります。

2008年3月、湘南新宿ライン増発に伴い、宇都宮発の「おはようとちぎ」と新宿発の「ホームライナー古河」が廃止され1往復のみの運行となり、2年後の2010年12月3日、湘南新宿ラインのさらなる増発により「おはようとちぎ」・「ホームタウンとちぎ」はこの日をもって運転を終了し、準急なすのから続く、優等列車としての歴史に終止符を打った。
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その後は、「ホームライナー古河」が東北本線系統唯一の優等列車だったが2014年3月15日のダイヤ改正により普通に置き換えられ東北本線系統から優等列車が姿を消した。
(補足⇒東武線直通の特急「日光・きぬがわ」が新宿~栗橋までの一部区間を走行するのみとなっている。ちなみに東北本線所属駅の停車駅は浦和・大宮のみであり大宮以北については東武線栃木まで停車駅がないため東北本線系統の特急とは言えない)
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もう、黒磯へ行く在来線の優等列車ではなくなってしまったが、今は新幹線の「なすの」として東京~那須塩原間をかつてと同じように今も結んでいる。


さて、ダイヤ改正前ということもあり今回から特集ページ「音と映像で残す列車たち」シリーズでもお届けしていきます。
なんと!かつての「ホームタウンとちぎ」の接近放送を録音していたのでここで本邦初公開したいと思います!!!

それでは、最後に貴重な「ホームタウンとちぎ」の接近放送をこちらをご覧ください!

古い機材での録音なので冒頭部分が途切れています!予めご了承ください。

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2月最後の記事は・・・
本日の伊豆急下田発我孫子行きの列車をもって運転を終了した我孫子踊り子の話題で締めたいと思います!
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私と我孫子踊り子はあまり予定が合わず、この列車で伊豆へ行くことはかないませんでしたが、我孫子から品川までの短距離を乗車できたのは今となってはいい思い出かもしれませんね。。。

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我孫子踊り子が登場したのは、今から6年前の2015年!
上野東京ラインというくそダサい線名が誕生した日に運転を開始しました!

常磐線から伊豆へ行けるという!画期的な列車でしたが・・・
ふたを開けてみれば、あまり乗る人はおらずwww

この列車の登場で、常磐線北千住は大いに利便性が向上したんですけどね~
踊り子で湯河原・熱海・伊東・下田温泉など伊豆の温泉地へ、東武特急で鬼怒川温泉へ、メトロ・小田急で箱根へと行けるようになったんですが、なにぶん常磐線内の停車駅が、特別快速よりちょっと早いだけで我孫子を出ると柏・松戸・北千住と停車していくというデメリットがあり、あまり乗車率は向上しなかった。
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2015年度は10両編成でも運転されることがあったが、以降は7両編成が固定となっている。
つまり、利用客は見込めないとJR東も判断したんだと思います。
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運行開始当初は、この臨時用の「特急踊り子」幕を掲げていたのだが、その後上記のような「特急踊り子 我孫子」を駅名対照表に追加したことからJR東の本気度が垣間見えたのも事実なんですけどね~

しかし、利用客の向上は見られなかったが、今まで運休や廃止にはならず2021年2月まで運転したのは、本当にすごいことだと思います。

では、なぜ利用客が見込めなかったのかを解説します。
この列車が、常磐線内で利用客を見込めなかった理由として考えられることは3つ!

①停車駅が多い問題
上記に挙げた通り、特別快速と同じような停車駅であり課金して乗るようなものではない。

②品川・東京・上野以外は乗降客が少ない問題
下田方面から来た旅客の大半が品川・東京または上野で下車してしまい常磐線に乗るのは乗り鉄ぐらいしかいないのではないかという疑惑

③常磐線特急民には関係がない
上記に付随して、我孫子までという中途半端な行き先というのが問題としてあった。
常磐線特急と言えば「ひたち」「ときわ」と代表されるように、最低でも勝田・いわきまで直通してこそ特急としての意味を持つので我孫子まででは北千住・松戸・柏で降りたい人かテツしかいないのである。

交直両用にして我孫子ではなく勝田行きにして列車名も「常磐踊り子」にすればある程度乗降客は見込めたかもしれませんが・・・
ただ、この点については、国鉄時代常磐線平(現:いわき)から修善寺へ急行「常磐伊豆」という急行列車が乗り入れていたという事が有るのでもしかしたらワンチャンあるかも・・・・・・
まあ、今は連絡乗車券の影響で修善寺まで買えないんですけどねwww
(参考:伊豆箱根鉄道駿豆線の連絡乗車券の範囲は、常磐線は我孫子までとなっている)

と、このように我孫子へ乗り入れても何らメリットが無いんですよね~
なので、185系が引退するのを刑期に我孫子踊り子も引退というのは自然の流れなのかもしれません。

しかし!まだ諦めてはいけません!我孫子踊り子はまだ廃止にはなってないんだから!
もしかしたら夏季にE257系で復活するかもしれませんからね!
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そんな、我孫子踊り子も185系での運転は昨日の我孫子発111号、本日の伊豆急下田発114号をもって運転終了となりました。
春季の臨時設定はされませんでしたが、E257系の駅名対照表にも「特急踊り子 我孫子」の文字が収録されていることを確認済みですので、また車両が変わっても我孫子駅に訪れることがあるかもしれまん!E257系での我孫子踊り子も地元民として期待しております!

最後に貴重な我孫子駅を発車する185系踊り子の映像をご覧ください!(手振れがありますご了承ください)
PS)
伊豆急のゆるキャラ「いずきゅん」をこの間撮影したんですが、なんか「のるるん」に似てるな~と思いましたwww
さすが、東急グループですねwww

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週1でブログは更新をしようと努力を続けております !

さて、今日は約18年前に撮影した今は無き「新特急水上」の写真が出てきましたので特急水上の歴史を紹介しつつ懐かしの写真を公開していこうかと思います。
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特急水上とは、かつて上野から高崎・上越線経由で水上まで結んでいた列車です。
主な目的としては、水上温泉郷への温泉客を輸送することを目的として運転されていましたが、利用客がマイカーにシフトしたことで利用客が低迷し2010年12月3日で定期列車としての運行を終了し、翌12月4日からは臨時列車として運転されていたが、2012年3月17日のダイヤ改正以降は、土休日運行から季節運行に縮小し、特急「草津」との併結運転を取り止め、その後何度かは臨時運転されたが2017年以降ほぼ設定されなくなっており、事実上の廃止状態にある。
(設定されていないだけで、利用客が見込めるなら復活する可能性も無きにしも非ず・・・)


高崎・上越線系統の元祖優等列車は、1957年に上野~石打間に登場した臨時準急「ゆけむり」が初となります。
その翌年には、臨時準急「奥利根」が上野~越後湯沢間で運転を開始しています。

1960年には、毎日運行の臨時準急列車「ゆのさと」の運行開始し、多くの列車が運転されていました。

1961年のダイヤ改正で、準急「奥利根」が八高線回りに変更され、高崎線経由の列車は「苗場」となった。

1964年には、特急水上の元祖である準急「みなかみ」が上野~水上間で運転開始したのだが、翌年には「奥利根」に統一され消滅し、翌66年には急行列車へ格上げされる。
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1969年には、上野~石打間を運行する臨時特急列車として「新雪」が運行を開始します。(1987年運行終了)
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↑ 日本海ファクトリー様へリンク ↑

1982年のダイヤ改正で、上野~渋川間を走っていた急行「ゆけむり」が特急に格上げされ、特急水上の前身列車である「谷川」になった。
その後1985年に急行「ゆけむり」が廃止になり、「谷川」へ統合。「谷川」はエル特急化されて、「新特急谷川」となります。
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1997年、上越新幹線東京~高崎・越後湯沢間の列車を「たにがわ」とすることになった為、「新特急谷川」から「新特急水上」に変更された。

2002年12月1日、エル特急および新特急呼称が廃止された為、特急「水上」に変更された。

2004年10月16日、全列車が特急「草津」と新前橋駅にて増解結を実施されるようになります。
つまり、上野~新前橋間は7両+7両の14両編成で運転されるようになりました。

当時の編成を再現すると・・・

←上野                          高崎・渋川・水上→
7両(水上) + 7両(草津)

こんな感じになっていました。

そして前述の通り、2010年12月のダイヤ改正で利用客減少により、定期運行を廃止し土休日のみ運転の臨時列車へ変更されました。

2012年2月には土休日の運転を廃止し、以後は季節運行となり、草津との併結も廃止!
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2017年8月、約5年ぶりに夏季の運転が行われた。2014年より「あかぎ」「草津」に651系1000番台を導入していたことから、使用車両を651系1000番台に変更されたのだが、前面、側面行先表示は「臨時」と表示されていたらしい。
(ちなみに、651系1000番台にも特急水上の方向幕は準備されているのだが、使用されなかった。)

2017年の運転以降、夏季・冬季の臨時設定はなされていないため事実上の廃止状態となっているというのが現状です。


185系では、2014年ごろから方向幕が変わり「指定席」などの座席種別の表示がされるようになりましたが、特急水上はその頃はもうすでに臨時降格しておりあまり運転されていなかったため、見られなかった貴重な方向幕をここで公開したいと思います!
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これぞ!方向幕が更新されてからの方向幕!
Limited Expressの表示が「LTD EXP」に省略され、省略したスペースに【指定席/自由席】の表示を入れているんですよね~
これは、現在運行中の「踊り子」もこの表示になっているかと思います。まあ、踊り子に採用したのが先でその後、大宮所属の200番台にもこの表示が一般化したというのが当時見ていた感想ですね。。。


それでは、最後に貴重な音声が残っていましたのでそちらを公開します。
特急草津との併結時代に収録された上野駅での自動放送の音声です!

今や聞くことはできない貴重な音声データです!前半部分が途切れていますのでその辺はご了承ください。。。

今後、特急水上が再度運行されることは果たしてあるのでしょうかね~
651系1000番台の特急水上はまた見れるのかに今後の臨時列車に要注目!

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