Project JRS公式ブログ

只見線を応援する同人サークル「Project JRS」公式ブログ! Project JRSでは茨城県及び北海道も応援しています!

カテゴリ: ┣高崎線系統


皆様、明けましておめでとうございます。
大晦日以降の更新となります。

現在、同人サークル「Project JRS」は休養期間に入っております。
現段階で再開するかどうかは未定ですが、近日中に夏コミ参加の可否については判断したいと考えております。

さて、高崎支社がこのようなプレスリリースを出しました!

今日は1月15日ということで、鉄道マニアの中では今日は115系の日としてされている日にこのようなプレスを載せてきました。

イメージ 1

ついに高崎地区からも撤退してしまうんですね~
よく乗ったから寂しいです。

115系ならではの座席がものすごく熱くなり座ってるだけで火傷しそうな感じのイスや冬季間になると手動でドアを閉めなきゃいけない半自動とか、半自動が緩くて閉めたのに片側だけ開いて車内が寒くなるという115系ならではの体験がもう出来なくなるのは本当に寂しいですね~

イメージ 2

まあ、高崎地区で上野口を離れた211系が多く活躍しだしてますからね……
けど、115系が高崎地区に残した功績って多いと思うんですよね。

JR東日本で残るのは新潟だけとなってしまいますが、残り期間は少ないような感じがします。それは、今JR西日本で走っている115系にも言えることなのではないかと思います。

最後に・・・
高崎支社は、115系にいろいろなイベントを用意しているようです。

車体に「ありがとう115系」の貼り付けは勿論のこと。今回は115系スタンプラリーというものを2月1日から始めるそうです。
気になるのがこの一文「115 系電車の停車駅や、湘南色に縁のある駅を予定しています。」湘南色に縁のある駅とは?それに首都圏と大々的に言っているということは?

まさか東海道線も対象になるのではないかと???
(もともと湘南って神奈川県の沿岸部のことだし…)

いずれにせよ詳細は下旬に発表されるようなので、続報を待ちたいと思います!

イメージ 3

今思うと、211系がこんな115系みたいなラッピングがされたことがありましたよね~
115系っぽい211系がされたのももう過去の話・・・

時が経つのも早いものですね・・・

イメージ 4
↑鉄道コムランキング参加中 115系についてもこちらで↑


高崎地区でJR東日本設立当時から走ってきた107系がついに高崎地区から居なくなります!
その原因としては、高崎地区の列車の歴史が原因なのです。

国鉄末期の日光線・両毛線など北関東支線区の普通列車には、急行列車の廃止で余剰となった165系急行形電車が多数転用されていたのですが、旅客の増加につれ165系では乗降に時間がかかるということ165系は新製から20年以上が経過し老朽化が進行していたこと。
また、165系は最低組成編成が3両であるため、日中閑散時には輸送力過剰となっていたことから時間帯ごとの需要に柔軟に対応できる車両の開発が必要だったことから登場したのが107系です。

イメージ 1

107系の特徴として2両編成を基本とすることで2両・4両・6両と需要に応じて輸送力の調整が可能なこと、165系の廃車発生品となる主電動機・台車・補助電源装置(電動発電機)・ブレーキ制御装置・空気圧縮機・冷房装置などの主要機器を再用したことにより、コスト削減が図られた。
また、107系は車体製造技術の維持向上を兼ね自社の大宮・大井・大船・長野・郡山の各工場ならびに新津車両所で製造されました。

107系には2つの形式区分があり0番台は小山電車区(現:小山車両センター)に全8編成配備され、日光線で活躍していた165系を置き換える目的で製造されました。

イメージ 2

登場当初は、クリーム10号を地色とし緑14号で日光線の頭文字「N」をあしらい、前位寄り雨樋下にワンポイントとして「神橋」をイメージした赤1号を配した塗装でしたが、2009年の日光線120周年を機に車体上半部をアイボリー、下半部をクラシックルビーブラウン、境界を金色帯に変更されます。

イメージ 3

2013年春のダイヤ改正で後継車となる205系600番台(元京葉線の205系メルヘン)が登場したことにより全車が解体処分とされましたが、この塗装は205系にも継続されました。

そしてもう一つが今回引退する100番台です。

イメージ 4

こちらは、高崎支社管内地域輸送用の車両として2両編成19本が新前橋電車区(現:高崎車両センター)に配備されました。
車体塗色はクリーム10号に緑14号とピンクの帯を窓下に通した塗装となっており、前期と後期で作られた車両で若干の差異がある。

0番台との違いとしては、砂撒装置・霜取パンタグラフを未搭載とした上で耐雪ブレーキを装備するほか、信越本線 横川~軽井沢間の碓氷峠でEF63形による牽引・推進運転に対応する横軽対策を施工がされていたという点です。(識別のため側面形式標記直前に40 mm 径の丸印(Gマーク:「●」)が標記された)

2016年より首都圏地区(高崎線)での運用を終えた211系が高崎支社にも導入されたことにより、107系を置き換え始めました。
高崎線での運用当時から3両+5両+グリーン2両という気持ち悪い編成を組んでおり、グリーン車を抜くだけで運用に付かせることが出来るという意図があったのだと思われる。

イメージ 5

最後に残った7本も2017年9月をもってJR東日本での定期運用を終了し、10月1日・7日に100番台が運用されていた吾妻・信越・上越・両毛線にそれぞれ乗り入れる団体列車の運行をもって営業を終了する事になりました。

JRが誕生して、30年という節目の年に全車が引退することになりました。JR東日本によるとこの車両を保存する予定はないとのことです。

ただ、嬉しいこともあり107系の19編成の内、前期に作られたR1編成、後期に作られたR7・R8・R13~16編成は同じ群馬にある私鉄の上毛電鉄に有償で譲渡され、今後の活躍が期待されています。
塗装については変更されるとのことです。


今日を持って引退する107系ですが・・・
かつては、北関東に行くとこの車両がいて「ロングシートのクソな列車だ!」なんて思っていましたが、いざ無くなるとなると少し感慨深いですよね~

最後に、姉妹サイト「方向幕博物館」の方に貴重な107系の駅名対照表を公開いいたします!
横軽間を知るこの車両の駅名対照表には一体どのような行先が入っているのか?気になる方はぜひご覧ください!

お疲れ様でした!107系!
イメージ 6
↑鉄道コムランキング参加中! 107系についてもこちらで↑


今年、久し振りに尾久公開を見に行って来ました!
ただ、尾久公開の展示車両を載せても面白くありませんし、そんなのは他のブログでも書かれていますので、私の方では比較しながら尾久公開を書いていきたいと思います!

今日は、前回(2012年)に見に行って来たときと比べながら書いていきます!

イメージ 1

今年の目玉車両となったのは秋田から来た583系です。

2012年の目玉車両となっていたのは・・・
イメージ 2

おそらくこの当時青森に所属していたHB-E300系の「リゾートあすなろ」と・・・
(現在は青森車両センターが無くなったため、八戸運輸区に転属)

イメージ 5

高崎所属の旧型客車ですね。

目玉車両対決では、おそらく今年のほうが良かったかと思いますね・・・
機関車の並びはどうなのか・・・

イメージ 3

今年の展示車両は高崎所属の「DD51-895」同じく高崎所属の「EF65-501」、田端所属の「EF65-1115」でした。

一方で2012年はと言うと・・・
イメージ 4

高崎所属の「DD51-842」、田端所属の「EF65-1115」田端所属の「EF81-81」田端所属の「EF510-509」で構成されていました。
まあ、展示常連の車両が多いということですね~
EF65-1115とEF81-81は今年も展示されていますので・・・

さて、今年と比較して展示車両が1両減っています。
この原因として「EF510」がJR貨物に転属したことが要因だと思われますが、私が注目したのは田端所属車両で主に構成されていた2012年の展示機関車でしたが、今年は田端所属の機関車はEF65-1115のみです。(EF81-81は転車台だったので除外しています。)

これは、何を意味するかというと田端の機関車が減ったということだと思いますね。
他の車両センターから借りてこないといけないほど尾久公開が落ちぶれたのだと思いますね。

続いて転車台の方を見てみたいと思います!
2012年は・・・
イメージ 6

宇都宮所属の「DE11-1043」が転車台でしたが・・・

今年は・・・
イメージ 7

田端所属の「EF81-81」が日章旗を掲示した状態で展示されていました!

イメージ 8

また、所属サボが金色の「田」と「御召」のサボが取り付けられていたという点も高評価だと思います!

転車台の方も今年のほうが見応えはありました!

ただ、展示車両より私が言いたいのは全体的に尾久が寂しくなってしまったということですかね・・・

イメージ 10
↑展示車両の「マヤ34高速軌道試験車」と発車準備待ちの「北斗星」

2012年当時はまだ「北斗星」「カシオペア」が定期夜行列車として運転していた時代ですから公開場所から「北斗星」の24系が整備している姿を見ることが出来ていましたが、今年はE231系が構内を移動している姿は見ることが出来ましたが、24系は検修庫に入っていた3両のみでした。
イメージ 9

その24系には「休車札」が掲げられもう動かすことはないのだと、また幕が抜き取られていたりしていましたし、もう廃車回送が近いんじゃないかと思わせるようなそんな印象さえ受けました。

今回の公開は一応、見応えはあったかと思いますが、2012年当時に比べ見劣りしているという点は否めないですし、客車の展示がある尾久らしさが無くなってしまったなと言うのが私の感想です。

最後にわかる範囲内で2012年と2016年の展示車両(公開場所から見えた車両)を書いていきたいと思います。

★2012年
目玉車両:HB-E300系「リゾートあすなろ」(盛アオ)、旧型客車3両(オハニ36-11+オハ47-2246+オハ47-2261)(高タカ)

機関車展示スペース:DD51-842(高崎)、EF65-1115(田端)、EF81-81(田端)、EF510-509(田端)

転車台:DE11-1043(宇都宮)

その他:185系湘南色(OM03:宮オオ)、14系客車(東オク)、14系「ゆとり」(東オク)、24系(東オク)、カヤ27(東オク)、E655系(東オク)

展示外:DE11-1041(宇都宮)、マヤ34高速軌道試験車

★2016年
目玉車両:583系(秋アキ)、485系改リゾートエクスプレスゆう(水カツ)

機関車展示スペース:DD51-895(高崎)、EF65-501(高崎)、EF65-1115(田端)

転車台:EF81-81(田端)

その他:185系湘南ブロック塗装(C7+B5編成:宮オオ)、カヤ27(東オク)、E655系(東オク)、E231系(U45編成:宮ヤマ)、24系

展示外:DE10-1603(宇都宮)、DE10-1751(宇都宮)、ホキ

※記入漏れありましたらご指摘ください。

さて、来年はどんなラインナップになるんでしょうかね?
今後の尾久公開に要注目です!

イメージ 11
↑鉄道コムランキング参加中! 尾久公開についてもこちらで↑


同人誌関係を抜いて約1ヶ月間更新がなかったことお詫び申し上げます。
いろいろ忙しかったり、疲れていたりしてなかなか更新できませんでした。

さて、夏のコミケが開幕しました!
私も出陣の時が近づいており少し緊張していたりするんですよ・・・
コミティアとは比べ物にならないぐらい大規模ですから、さらに週末ごとにお気に入りしてくれる人が増えてって「マジかっ!」ってぐらいになってます。
お気に入りされてくれて本当にありがたいんですが、そこまで部数を用意していないのでお早めに来ていただくことをおすすめだけしておきます。

あと、グッズに関しては少し余裕があるので売り切れることはないかと思います。
それと、一応只見町と連携しているという関係から奥会津の観光案内やグルメガイドを持参していきますので、「この夏ちょっと行ってみようかな?」と思っている方が居れば案内しますのでお気軽にお声がけください。

詳しくは明日書かせていただきます。

それでは、皆様とビックサイトでお会いできることをお待ちしております!


さて、本題へと入りましょう。
つい3日前についに一貫して国鉄形を使用してきた高崎支社が211系に置き換えるとのプレスを発表しました。

イメージ 1

高崎支社を代表するのはやはり湘南色を纏う115系

イメージ 2

JR化後に製造されたが足回りが165系という107系です。

まだ正式に引退するとの報道はされていないのですが、じきに置き換わるのは明白になりました。

それでは、少し115系と107系について書きたいと思います。

115系といえばかつては宮ヤマ(小山車両センター)に配属され、宇都宮線上野口や高崎線でも使用されていましたがE231系が配属されたことにより短縮編成化され長野や新潟・高崎と各地に散らばりました。

イメージ 5

つい最近では、2014年に豊田に配属されていた横須賀色の115系(通称:山スカ)が引退し長野の211系に置き換わりました。

イメージ 3

2015年には長野の115系が引退し211系に置き換わり、

イメージ 4

2016年には国鉄大国だった新潟も115系が引退してE129系という新潟には似つかないフルカラーLEDに車内放送入りという車両に変わってしまった。

そして、ついに高崎支社の115系までもが引退しようとしている。

続いて、107系について・・・
107系のデビューは1988年でJRになってすぐのことです。

イメージ 6

当時北関東で走っていた急行形の165系電車の老朽化が著しいことや2ドアの急行形だと乗降に時間が掛かるということから、製造されたのが107系です。
ただ、足回りなどの大半の部品を165系から捻出したもので製造され車体も国鉄時代に製造された105系や119系に準じる形になっています。

そして、この107系ですが今ではこの車両だけがかつての横軽間の幕(軽井沢や長野といった幕)を装備した列車でもあります。今、高崎支社で長野や軽井沢といった長野県の行先を装備している列車はありません。(これについては、姉妹サイトの方で書きたいと思います。)

この107系は姉妹車もいましたよね~

イメージ 7

それがコチラ!
日光線で走行していた107系です。稀に代走で高崎の107系が走ったりしていたそうですがこの日光線の107系は高崎より一足先の2013年に京葉線から捻出された205系メルヘンに置き換えられました。205系へと置き換わりましたが、この色は踏襲されました。

さて、一般の人にも分かるようにJRS解説します。
高崎に211系が導入されるとどうなるのか?

イメージ 8

まず目に見えて分かる部分として、今まで冬季に行う半自動ドアが手動で手で開けたり閉めたりしなきゃいけなかったのが押しボタン式となることにより完全に半自動となることになります。
107系や115系は半自動が手動操作なため完全に閉まるということが無かったんですよね~知らず間に開いたり隙間から風が入る等があり寒い思いをした方も多いのでは?

また、カラーリングはかつて高崎線で走行して時と同じ湘南色をまといます。車内には新たにすべり止め等も新設されより耐寒対策に優れた211系へと生まれ変わるそうです。

運転開始日は10日後の8月22日からだそうです。

211系は高崎管内に何をもたらすのでしょうかね~
そして、115系や107系の完全引退はいつになるのか非常に気になる所です。


イメージ 9
↑鉄道コムランキング参加中! 高崎に211系導入についてもこちらで↑


来月、「はくたか26号」の惜別乗車をしに金沢に行ってきます。
その為に今日は特急券を購入しに行ってきました。
新幹線の「はくたか」は550番台となってしまうのでこれが本当に最後の乗車となることでしょう。

それ以外にも「トワイライトエクスプレス」の撮影も行う予定にしています。
本当は、五稜郭で「トワイライトエクスプレス」と「カシオペア」の追い抜き撮影しようかと思ったのですが、これ以外に撮影するものがないことと金銭的に莫大な資金が必要になることから断念しました。
それと、冬なので必ずしも定時運転するという確証も出来ないので、去年撮っておくべきだったと今更ながら後悔しています。

さて、前置きが長くなりましたが1週間前の続きを書きたいと思います。
↓前回のブログ記事↓

②臨時列車の発着


冬は日本屈指の豪雪地域を誇る魚沼地域は冬期間数々の臨時列車が運行されていました。

国鉄では1969年スキーやウインタースポーツを楽しんでもらおうと季節専用の臨時列車の運転を開始します。それが、特急「新雪」(上野~石打)です。
この当時まだスキーがブームではありませんでしたが、1970年になりだんだんとバブル期の景気と1985年の関越道開通、87年の「私をスキーに連れてって」という映画の公開により新潟や長野等の各所のスキー場が大いに賑わい始めます。

それにより、冬季臨時列車である「新雪」や各種「シュプール号」の運転も数多く運転されるようになります。

イメージ 1

石打駅は「新雪」の終着駅としてにぎわいを見せました。ちなみに冬期間は特急「とき」だって停まる駅だったのです。

イメージ 2

なぜ、石打駅が終着駅だったのかは定かではありませんが、当時留置線が存在したからだと思われます。確かに昔の時刻表をたどると1往復のみ長岡発着となっている列車もあるのですが、基本的には石打駅止まりとなっていました。

石打駅近くには石打丸山スキー場等のスキー場が有りスキーをしてこの列車で帰るというのがその当時のブームだったのです。

スキーブーム真っ盛りの1987年・・・
特急「新雪」運転を終了します。これはのちに開業するガーラ湯沢への切り替えを狙っていたのか?理由は定かではありませんが真っ盛りの時に運転を終了します。
しかし、その替わりに定期列車の新特急「谷川」(現:特急「水上」)が石打まで延長運転されるようになります。
が、これも長くは続きませんでした。

イメージ 3

石打駅にはかつてを偲ばせる案内板が今でも残っています。

ここで、スキーと石打駅の関係から石打駅について書いていきます。

イメージ 4

石打駅は現在は1面2線の島式ホームとなっていますが、駅舎側にホームが有り1番線が存在するのです。

上の写真はかつて臨時改札があった所です。ここで大人数を捌き1番線に停車するスキー臨時列車に乗車できるという今で言うガーラ湯沢みたいな構造になっています。
(まあ、改札降りてすぐ滑れるわけではありませんが・・・)

今現在1番線は閉鎖され架線は撤去されました。2007年頃までは架線もあり一時的に石打を出庫した「はくたか」がこの場所に止まって越後湯沢方面へ行くなんていう光景も見られました。

話を戻して、1990年にはガーラ湯沢が開業し今ではCMでお馴染みの「JR SKISKI」が始まったのもこの年です。
ですが、91年のバブル景気崩壊とともに下降の一途を辿ります。

しかし、唯一残ったスキー列車があります。
それが「シーハイル上越」です。

イメージ 5

今やこのヘッドマークも見れなくなりましたね・・・

イメージ 6

この列車が唯一、特急「新雪」の意志を継いだ列車と言っても過言ではありません。

昨年から今まで担当して183系から185系へと変わり・・・
イメージ 7

ヘッドマークは「臨時快速」

イメージ 8

側面方向幕も簡素なものとなりましたが、今でも運転を続けています。

イメージ 9

かつては、大量に吊り下げられたであろう石打駅の臨時を知らせる案内板は今や「シーハイル上越」と越後中里~六日町までを結ぶ「スキーリレー号」のみとなってしまいました。
かつては、特急「新雪」とかが掲げられていたであろう場所に今は1枚のみこれもスキーブームの終焉とガーラ湯沢開業のせいかも知れません。

少し古いですがJRのCMで言うなら現在の石打駅の状態は「ぜんぶガーラのせいだ!」ですかねw

最後に・・・
臨時を知らせる案内が石打駅にありましたので載せておきます。

イメージ 11

2番線への入線時刻は16:02だそうです。
どうやら長岡方から入線するので石打に到着した「シーハイル上越」は長岡?に回送するようですね。
いや、もしかしたら「はくたか車庫」に入線してる可能性も有りますが・・・
詳しい方コメントください。

全2回でお届けした。石打駅についていかがでしたか?
この記事を読んで少しでも石打駅に興味を持って頂ければ幸いです。

イメージ 10
↑鉄道コムランキング参加中! シーハイル上越についてもこちらで↑

このページのトップヘ