昨日、3月26日をもって青函連絡船の終焉や寝台特急、そして津軽海峡線などの終焉などを見送って来た4代目青森駅が昨日をもって役目を終え新駅舎へと受け継がれました。。。
DSCF1005
数々の名列車を見送って来たあの本州最北端の代表駅。

北海道の函館とは対照的に青函連絡船時代を今なお残していたあの青森駅がついに幕を閉じました。
私にとっても青森駅は何度も足を運んだ地なので思い出深い駅ではあります。

寝台特急でも新幹線でも、そして高速バスでもこの駅に来ただけにこの駅舎が解体されるのは心痛いですね。。。
今日は、その歴史を振り返りつつ紹介していきたいと思います。

この4代目の駅舎が誕生したのは、なんと!1959年(昭和34年)12月25日のことなんです!
いやはやスゴイですよね~実に61年ですよ。半世紀この駅舎だったと思うとホントすごいですよね。
DSCF0960
当時は、まだ青函連絡船現役時代なわけですよ!
やはりこの曲が似合いますよね~石川さゆりの「津軽海峡冬景色」

上野発の夜行列車降りた時から~
青森駅は雪の中~

そうこの曲が歌われた時の駅舎もこの4代目の駅舎です。
当時は、夜行列車や特急からこの青森駅に降り立ち、北海道函館に行く青函連絡船へと急いで乗り込みいい座席を確保しようと走る「青森ダッシュ!」ならぬ光景が見られたそうだ。

当時は、列車も長編成で今の青森港側の跨線橋も稼働しててそこから青函連絡船へと繋がっていた訳ですが・・・長い時を経て青函連絡船は1988年に廃止となり津軽海峡線へ!

そして、その津軽海峡線も2016年に北海道新幹線にバトンを託し廃止となってしまった。

長い間、青森と函館は姉妹都市として友好を重ねてきたわけですが、北海道新幹線開業により青森駅と函館駅が互いに結ばれる関係では無くなってしまったというのは非常に残念でならなかったです。

話が逸れたので、戻しますw
当初、青森駅には東口(東横イン側)しかなかったのですが、逆側の住民からの要望などがあり、1984年(昭和59年)12月に西口駅舎新築されました。

覚えてます?東口側はあんなに立派な駅舎なのに逆側はというと・・・
Aomori_Station_building_(West_Exit)
こんなにこじんまりとしてて、「え?これが青森駅?」と錯覚させるような佇まいだったのは鉄の皆さんなら共感していただけますよね。。。

そう、こっちの西口はJR東日本の子会社が駅業務を管轄していたんですよね~東口はJR東日本直営なのに対し反対側は子会社の受け持ちというね。最近ではそういう駅は増えましたけどたぶんこの駅が初なんじゃないかと記憶しています。

2年後の1986年(昭和61年)5月23日、青森駅の隣にある青森駅ビル「ラビナ」が開業します。
新駅舎になった現在は、この駅ビルと旧駅舎の間に通路が設けられて新駅舎への入口になるんだとか。。。ただ、そのラビナについても駅前再開発によって取り壊されることは既定路線らしいです。
Hakodate_Station_4th_1
駅前再開発で思い出しましたけど、対岸の北海道 函館駅は青函連絡船時代の駅舎は2003年に取り壊され現在の5代目駅舎となったんですよね。
ちなみにこちらも4代目駅舎が青函連絡船を見送った駅舎だった訳です。まあ、函館駅の4代目駅舎もかなり知名度の高い駅舎でしたよね~

函館に関して言えば、函館は青函連絡船が無くなってからの再開発が早かったんですよね。だからこそ今ではあんなに賑わっていますし、たいして青森はというと近くに観光スポットがあるわけでもなく函館とは対照的に廃れていった感じですね。私はこれを「青函の差」と呼んでいます。

青森駅にとって、特急は必要不可欠な存在だと私は思ってます。
かつて、この青森には2つの寝台特急が終点として運行されてたわけですから・・・

DSCF1162
DSCF1019
上野からの寝台特急あけぼのと、大阪からの寝台特急日本海どちらも青森へ向かう唯一の寝台特急でした。そして忘れてはいけないあの青函連絡船深夜便の代替となっていた急行はまなすである。
d56f8af7.jpg
さらにさかのぼれば、大阪発の特急白鳥は昼行列車最長距離を誇った唯一の列車だったしと・・・本州各地からこの本州最北端の青森駅へ向けて多くの列車が運転されていた。

しかし、その青森を始終着とする列車は今や秋田から来る「つがる」のみとなってしまった。
かつては、10両以上の超大編成が乗り入れてきた青森駅は今や最長でも4両というなんとも悲しい編成となってしまいかつて青函連絡船などの跨線橋があった場所へ編成が届くことは無くなってしまった。
DSCF1033
2010年の青森駅ホームには、いまだに旧国鉄時代の案内が残されていた。
そして、右側の消された跡にはかすかに「青函連絡船」の文字が見えていたし、ホームにも「連絡船」の文字が残されていました。

そうそう、つい数年前に訪れた時にはまだ「スーパー白鳥」の自由席乗車位置の案内とかも残って見えてましたね。。。時が経つのは早いものですね。。。

また、逸れたので戻しますねw
1988年(昭和63年)3月13日、青函連絡船廃止され、JR北海道 海峡線(津軽海峡線)開業に伴い、津軽線の青森~新中小国信号場間が交流電化されました。

いよいよ転換点ですね。この時点をもって函館は再開発へと動くわけですが青森は動かなかったんですよね。まあ、まだこの時点では青森はかなり賑わってましたからね~

1990年(平成2年)3月10日、東口のみどりの窓口内にびゅうプラザ青森がオープン!このびゅうプラザは新駅舎にも設置されるようなので一安心ですかね。

そして、またもや大きな転換期を迎えます。
2010年(平成22年)12月4日、東北本線青森~八戸間が青い森鉄道に移管され、JR東日本と青い森鉄道の共同使用駅となる。
所属線も東北本線から奥羽本線に変更され、青森地区駅長が青森駅長兼務から新青森駅長兼務に変更されました。

青森駅としては、青函連絡船の終焉に次ぐ大きな転換期と言っていいでしょう。
今まで最長路線として君臨してきた東北本線がなんと!盛岡までに縮小されてしまい青森まで来なくなってしまったという衝撃!東北新幹線の盛岡までは国鉄時代に作られたから並行在来線をま逃れたが、盛岡~八戸~新青森間はJR化後に作られたので並行在来線として分離され盛岡~目時間がIGRいわて銀河鉄道へ、目時~青森間が青い森鉄道へと転換された。
DSCF0948
今まで青森駅の駅名標は上野駅の対になる形でどの方向にも次駅の案内がなされていないタイプのものが採用されていたが、この東北本線が移管されたことにより、元東北本線方面専用ホームだった1・2番線が青い森鉄道専用ホームへと移管され駅名標も青い森鉄道専用のものへと交換されてしまった。
DSCF1737
さらには、青い森鉄道には超大編成が乗り入れないという事から青森港側の機回し線などすべてが撤去!さらにホームも後ろの方は立ち入り禁止となった。

この処置には正直目を疑ったし、ビックリしたよ。
あ~長く続いた青森駅の歴史に終止符が打たれたんだな~って・・・上の寝台特急日本海の画像見てもらうと分かると思いますが、寝台特急日本海が止まってるホーム1番線なんですよ!

もうこの頃から青森駅は廃れ始めていってたと私は自覚している。駅前のホテルがつぶれ始めたのもだいたいこの頃からだったし、一番の衝撃は駅前にあったワシントンホテルですら潰れたことですよ。

そして、青森駅に追い打ちをかけるあの出来事が起きる。。。
2016年(平成28年)3月21日、北海道新幹線開業に伴い、津軽海峡線旅客列車の運行が終了(新幹線開業日である3月26日付で廃止)これにより、青森駅への特急は「つがる」のみとなってしまう。

また、4月1日には新青森駅が当駅管理下となり、青森地区駅長が新青森駅長兼務から青森駅長兼務に変更となった。
まあ、もともとは新青森駅は無人駅だった訳ですが、2010年の東北新幹線全通で当時の青森駅長が新青森駅長に人事異動して、青森駅は新たな人が駅長になったんですよね。この時点で青森駅長と新青森駅+青森地区駅長の2名体制だったものが、組織の変更で1人で2駅+青森地区の駅長を兼務するという感じになったという感じ。。。

津軽海峡線が無くなったことを皮切りに、青森県・青森市が老朽化した青森駅の利便性悪いから新しくした方がよくね?という感じの提案をしてくる。
2016年7月1日、青森県・青森市・JR東日本が「青森駅周辺整備事業」の基本協定を締結する。

これぞ、新駅舎竣工への第一歩となった出来事である。
2年後には、さらにまとまり・・・
2018年(平成30年)
6月6日、青森県・青森市・青森商工会議所・JR東日本が「青森駅周辺のまちづくりに関する連携協定」を締結。
7月18日、青森県・青森市・JR東日本が「青森駅自由通路整備等に関する工事の施行協定」を締結。
11月7日、東西自由通路設置工事および橋上駅舎化工事の安全祈願祭を行う。

本日、開業した東西自由通路の工事を開始したのが2018年11月という事です。

青森駅の出来事はまだ終わらない!
翌2019年(令和元年)6月1日、蟹田駅業務委託化・三厩駅無人化に伴い、津軽線中沢~三厩間が青森駅管理下となります。
津軽線の中でも三厩駅がついに無人駅になってしまうというのが衝撃的だったこのニュース。津軽海峡線が無くなりここまで廃れていくのかと・・・

やっぱりね地域輸送って大事なのよ!津軽海峡線特急は色々な意味で地域に貢献してたんじゃないかな~って思うよ。北海道新幹線できた後に乗ったけどさ、あれって盛岡とか仙台から函館へ行く人には良いかもしれないけど、青森市に住んでる人にとっては全然利便性が良くないんだもん。

今まで、青森駅から乗れば函館に行けたのにさわざわざ、新青森で乗り換えて新幹線乗っても新函館北斗で乗り換えなきゃならないやん?そんなのめんどくさくて年寄りにはできないのよ。なんか乗り継がせるんだ!ってなるよ普通に考えて。そうしたら自然と函館行くのやめよ。とか津軽海峡フェリーで行けばいいか~ってなる訳よ。それをわかってないJRは本当にダメ。

また逸れましたねw
いや~つい語ってしまうんですよね・・・愛着がある駅だからこそこう物申したくなるというかなんというか・・・また戻します。

そして昨日、2021年(令和3年)3月26日、4代目駅舎及び西口の窓口営業が終了。
深夜0時過ぎ・・・今まで61年間にわたって点灯してきた「あおもり駅」の電灯が消灯され、4代目駅舎としての責務を全うし新駅にバトンを渡した。

本日3月27日、新駅舎(5代目)及び東西自由通路の供用が開始されたのだが、この新駅舎は問題があるようである。それが!
トイレ少ない問題

4代目駅舎には改札外にトイレが設置されていたのだが、新駅舎は自由通路の中に駅舎があるというタイプになっているという事からトイレが改札内にしか設置されていないという問題というよりデメリットがあるようである。
これは、非常に由々しき事態と言っても過言ではないですよ!青森県と青森市はそれに対する努力義務をする必要があると思いますね。老朽化していたとはいえ青森駅周辺の再開発を持ち出したのは青森県であり青森市なのだから・・・

長い歴史を誇った4代目駅舎は今後解体されてその跡地も大きく変貌するらしいです。
今後、青森駅がどのように変化・変革していくのかこれからも私は見守っていきたいと思います。

青森駅が好きだったからこそ、今後もこれからもどうなっていくのか見ていきたいと思います!

鉄道コムバナー
↑ 鉄道コムランキング参加中 青森駅についてもこちらで ↑