さて、本日カテゴリーを大幅に変更しました。
いろいろと不要なカテゴリーを特集内にまとめました!
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そして!185系引退ということで185系専用の特集コーナーを設けました!

まず185系について解説していきましょう!
ちなみに、ウィキペディアに記載のことを大まかに省いてはいますが、かなり長いので読む方は心してください!
まあ、それだけ歴史ある車両なんですよ185系は・・・約半世紀ですから・・・


もともと国鉄には急行型という形式があったんですが、急行型は2ドアであり普通運用にも入るなど今の185系を踏襲した列車が多かった。
当時の東海道線は153系、高崎系統でも165系と急行形車両が充当されておりその列車を普通運用に入れる特急形車両で置き換えることが目的で製造されたのが185系ということです。

そのような経緯で東海道線から順次導入されていきます。

①東海道線への投入開始                
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そして、1981年1月から順次田町電車区(東チタ/現:東京総合車両センター田町派出)に配置されていき同年3月26日より、153系の付属編成を置き換える形で運用が開始されたが、特急形車両でありながら初運用は普通列車でした。
急行「伊豆」は同年3月28日から使用され、これらの運用上では153系と連結して運用されることもあったそうです。

10月1日からエル特急「踊り子」7往復と、朝夕の普通列車10往復で運用が開始されたが、この時点では特急「あまぎ」に使用されていた183系を「踊り子」3往復に運用していた。

この時点で、東海道線の急行は全廃され、利用者は特急に乗らざるを得なくなり実質的な値上げとする意見に加えて、ピーク時間帯をはずれても2扉クローズドデッキ車の普通列車運用は遅延を招いていた。

赤字にしたところ、近年同じような現象見ますよね?
そう、ホームライナーを廃止して特急へ格上げする来春のダイヤ改正そのものですよね。
つまり、40年ぶりに同じ現象が東海道線で起きるということである。

②新幹線リレー号へ投入!               
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高崎線で運用されていた165系を置き換えるため、1981年末から耐寒耐雪装備や横軽対策が施された200番台の製造が開始された。200番台の特徴としては、上記の耐寒耐雪装備の他0番台とは異なり緑色の帯を装備したのが特徴的だった。

この200番台は新前橋電車区(高シマ/現:高崎車両センター)に配置され、1982年3月10日から165系の運用に投入を開始し、急行「あかぎ」で運用を開始、増備とともに急行「ゆけむり」「草津」「軽井沢」や普通列車で運用された。
この年の8月16日特急「白根」に200番台が運用されたが、これが200番台で初の特急運用となった。

1982年6月23日の東北新幹線開業と同時に185系200番台を使用した「新幹線リレー号」が大宮発の新幹線「やまびこ」4往復と「あおば」6往復が設定され各列車に接続する運行体制で運行された。
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11月15日の上越新幹線開業からは28往復に増発され、同時に特急「谷川」・「白根」・「あかぎ」や一部の普通列車にも運用が開始された。
普通列車運用では、高崎から軽井沢・中軽井沢までの信越本線普通列車運用に投入されて碓氷峠をも越えたのである。つまり、昨年特急あさまで運用された189系碓氷超えを知る最後の生き証人ということである。
ちなみに、リニューアル化された際に碓氷峠越えの横軽対策装備は撤去された。

さらに冬期に特急「谷川」が石打まで延長運転され、スキー客向けの臨時特急「新雪」にも185系200番台が運用されていた。

③新特急運転開始                   
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1985年3月14日に東北・上越新幹線が上野まで延伸開業され「新幹線リレー号」は廃止された。
「新幹線リレー号」に使用されていた185系は上野発着の急行の特急格上げに使用されることになった。東北本線・高崎線の特急のうち首都圏近郊を運行範囲とする特急は「新特急」を冠する愛称に変更され、高崎線系統で「新特急谷川」「新特急草津」「新特急あかぎ」、東北本線系統で「新特急なすの」の運行が開始された。

ちなみに新特急とは、日本国有鉄道(国鉄)が運転を始めた特急列車(L特急)のうち、上野駅を始発・終着とする東北本線・高崎線を中心とした線区で、1985年3月14日ダイヤ改正以前より運転されていた急行列車を格上げする形で185系電車を運用上用いた列車を指していた呼称で、自由席主体の編成であり、定期券所持客も特急券を別途購入することにより利用することが可能で、50km以内の特急料金は当時の急行券と同額(自由席)とすることで新幹線との差別化を図った列車のことを言います。

もともとは新特急が、急行列車の特急への格上げというより、ダイヤ上は従来の急行と同格の列車に特急形車両を充当しただけのものという位置づけの種別であったことに加え、新特急に運用される185系電車が従来の165系電車をはじめとする急行形車両の内装をボックスシートから転換クロスシートに変えた程度であり、新型車両とはいえ従来ならば急行料金が適用可能と考えられていたことに起因する。
しかし、1981年より伊豆方面の特急「踊り子」に185系を運用していたこともあり、急行列車として存続させることができず、特急料金の適用となることによる実質的な値上げを緩和するために講じられた措置でもある。

それでも余剰があったので、200番台4編成が田町電車区に転属の上、183系で運用されていた「踊り子」を置き換えた。これにより「踊り子」は全列車が185系での運転になった。
(ちなみに183系は長野に転属し「あさま」などの運用についた)

④湘南ライナー登場!                 
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1986年11月1日のダイヤ改正で着席通勤を目的とした列車として「湘南ライナー」の運行が開始され、田町電車区の185系が運用されるようになった。「湘南ライナー」はその後も順次増発された一方で朝夕の普通列車運用は減少し、夕方下り列車の運用は「湘南ライナー」に置き換えられて消滅した。

⑤民営化で更に運用拡大!185系全盛期を迎える!   

1988年3月13日のダイヤ改正で、停車駅が類似していた快速ラビットとの差別化が図れず利用客が低迷したため「新特急なすの」のうち4往復が廃止された。
これに伴い「踊り子」増発用に転用され、7両編成の1編成が新前橋電車区から田町電車区へ転属しました。

1990年3月10日のダイヤ改正で、「湘南新宿ライナー」の増発が行われて田町電車区の185系B編成が運用された。東北本線の「新特急なすの」が1往復を除いて快速列車に格下げとなり、さらに2編成が新前橋電車区から田町電車区へ転属、残った1往復は新宿発着となり、田町電車区の185系での運行に変更されている。(←これが後の「ホームタウンとちぎ」である)
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1992年3月14日のダイヤ改正では、「湘南ライナー」の一部が215系に置き換えられた一方、「新特急なすの」が上りのみ1便増発されることになった。
さらに、これにあわせて「ホームライナー古河」も田町電車区の185系で運用されるようになった。
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1993年12月1日のダイヤ改正からは、新宿発着の「新特急ホームタウン高崎」「新特急あかぎ」が設定され、田町電車区の185系A編成が使用されるようになった。
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ここから先もまだまだ長くなるので、この辺で今回は終了です!

次回予告!いよいよ185系がリニューアルされていきます!

約40年間、国鉄からJR東日本へと受け継がれてきた185系・・・
まだまだ、185系の戦いは続くんです!乞うご期待!

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