Project JRS公式ブログ

只見線を応援する同人サークル「Project JRS」公式ブログ! Project JRSでは茨城県及び北海道も応援しています!

2020年11月


修善寺踊り子は存続が確定したが、果たして我孫子踊り子は存続するのか?

昨日と本日、我孫子踊り子(踊り子111号・114号)運転に伴い・・・我孫子駅に撮影に出向いてきました!
今まで何回もこの我孫子踊り子は見てきましたが、廃止発表以降、ガキ鉄が増えてる印象ですね。。。
しかし、185系引退の発表をしているにもかかわらず我孫子から乗車や降車する人はあまり見受けられず、ほぼ空気輸送状態でした。地元民としては空気輸送ほど悲しいものは無いんですけどね~

ちなみに、今週の我孫子踊り子は・・・
かつて国鉄特急色をまとった、【OM08編成】が担当しました!

ということで、万年空気輸送が続いている我孫子踊り子についての話題です!
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2015年の上野東京ライン開業以来、我孫子から上野東京ラインを越えて東海道線に直通する「踊り子」を臨時で運行していますが、来春185系が引退することに伴い、運行が継続されるのか否か検証していきたいと思います。
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まず、最初に185系我孫子踊り子登場の経緯について語っていきたいと思います。

現に上野東京ライン、試運転では185系を試運転として起用していました。
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そのことからもわかる通り、185系をどこかに乗り入れさせて、東海道線に直通させる意図は垣間見えていました。

そして、ダイヤ改正少し前に「踊り子」が常磐線に直通するというプレスが発表され驚いた人も多かったのではないでしょうか?

しかし、この我孫子踊り子・・・
かつてこのブログでも書いたんですが、ほぼ空気輸送なんです!!!
↓ 一応参考までに下記にリンク置いておきます ↓

昨年、私も途中までですが我孫子踊り子を利用して思ったのですが・・・
我孫子発車時点では、1両あたり数人とほぼ利用客が皆無の状態でした。それは、途中停車する柏・松戸・北千住でも数人が乗り込む程度で利用客がいるとは到底思えませんでした。

人数が大きく動くのが、やはり上野と東京・品川・・・
つまり、この列車運行するだけ無駄な列車なんですよね~

現に利用客が低下しているからか、2015年は10両編成で運行されることもあった我孫子踊り子ですが今は7両編成に固定になってることから常磐線からの利用客は見込んでないのではないかと思われます。

さあ、それでは我孫子踊り子は存続の可能性があるのか?見ていきましょう
あくまでも個人的な見解ですので、予めご了承ください!

①乗車定員から見る存続性
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現在運行されている185系7両編成の乗車定員は、満席の状態で424人が乗車できます。
ちなみに、付属の5両編成の乗車定員は312人です。

一方で、E257系の乗車定員は9両編成で558人、5両編成で306人です。

我孫子踊り子は、最低でも7両ですので424人乗車可能ですが、5両では一度も運用されていない。。。
つまり5両では足りないと見込んでいるからである。

前述しましたけど、常磐線内の利用客は見込めないが東海道線もとい東京からの利用客は大勢いるので7両で運用していたと考えられます。

そもそもの話、現在の我孫子踊り子は、東京発の時間に起因しているのではないかと想定される。
現在、我孫子踊り子の東京発時間は11:30となっており、伊豆急下田到着時間も14:23と15時前に下田に到着するので利用しやすい時間帯なので利用客が多くなるのです。
一方で帰りの列車も、伊豆急下田発の時間が14:33と午前の観光を終えた後の発車であり東京着が17:30で帰る時間としては最適な時間なので利用客が多いのです。

東京発時間を早くするか遅くすることで、利用客が減り5両でも運用できる可能性は出てくるかもしれません。

②E257系2500番台から見る存続の可能性
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続いてE257系2500番台、単体で運用することが可能なのかどうか見てみましょう。

もともと房総特急時代、500番台のみで運用されていたのでこの列車単体だけで運転することは可能だと思われるが、問題となるのがやはり東京発着の時間。
前述の通り、東京・上野からどれだけの数の乗車が見込まれるかで決まる。早くしたり遅くしたりして乗降客数を前後の列車に分散させれば、存続の可能性があるかもしれないが果たして・・・

しかし、試運転の時に9両+4両という14両編成で試運転もしたことあるだけに・・・
もしかしたら、前5両我孫子行き・後ろ9両東京行きというレアな運転も可能性はある。
ただ、その場合分割併合を行う必要が出てくるのでおそらくないのでは無いかと。

また、ほぼ空気輸送状態の我孫子踊り子を14両で運転するとは到底思えないので、おそらく運転取りやめになるのは確実なのではないかと私は予想しております。

まあ、それでも常磐線内で試運転をしているという事から可能性は秘めているのも事実なんじゃないかな~と・・・
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いまだ、存続が確定していない我孫子踊り子は・・・
存続するのか?それとも廃止となってしまうのか?
はたまたE257系で存続するのか?

果たして!どうなるのか来春の臨時列車の発表を楽しみに待ちたいと思います!


最後に、もう聞けなくなるかもしれないので・・・
我孫子踊り子の接近放送や次発放送などの音声動画を置いておきます!

①2015年運転開始当時 踊り子162号我孫子行き 柏駅次発・接近放送

②踊り子111号伊豆急下田行き 我孫子駅接近放送
運転開始当時は、自動放送はなく「2番線に列車がまいります。」としか言わなかったが5年経過しちゃんと設定されるようになりました!

③踊り子114号我孫子行き 柏駅次発・接近放送
運行開始当時から我孫子行き自動放送の設定はあったので号数が変わっただけですね~

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カテゴリの名称を変更しました!
185系は「THE LAST RUN Series 185」、583系だったカテゴリは特集らしく「貴重な電車寝台!583系の奇跡」と変更しました!

特に深い意味はないんですけどね~なんとなく特集っぽい名称にしてみたかっただけですw

さて、今日もメモリアル185系ということで・・・今日は185系のリバイバル塗装を振り返っていきましょう!

下記のように東チタ(田町電車区)に所属したも0番台が○、高シマ(新前橋電車区)に所属した200番台が●で表しています。宮オオ(大宮総合車両センター)転属後は上記通算で表示しています。

①・・・0番台
❶・・・200番台

❶国鉄色(新幹線リレー号塗装/ストライプ塗装)
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デビューした1981年~1998年頃までの185系200番台の塗装。
主に「新幹線リレー号」新特急「谷川」「草津」「あかぎ」に使用されていた。

① ❺ 斜めストライプ塗装
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デビューした1981年~2002年頃、2011年~現在の塗装
デビューした当時は、斜めストライプという斬新な塗装で目を引いたそうだ。

その後、リニューアル工事に伴いブロック塗装を経て2011年より特急踊り子運行開始30周年を記念して斜めストライプに戻されその後、OM編成を含め次々とこの塗装に戻されていっている。

❷EXPRESS 185塗装
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200番台リニューアル後の1995年~2013年頃までの塗装。
クリーム色をベースに上毛三山をモチーフとした黄色・グレー・赤色のブロックパターンの塗装。

2010年頃からリバイバル塗装が多く出るようになり、運用が減少した2014年からは廃車になったり、0番台と同じく斜めストライプ塗装に変更された。
現在も、OM編成(一部)は存続しているがすべて斜めストライプに変更となっている。

②BOX塗装
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0番台もリニューアルに伴い塗装変更された。1999年~2015年頃までの塗装。
クリーム色をベースに湘南色をモチーフとしたブロックパターンの塗装。

2011年の踊り子運行開始30周年を記念して田町車両センターのA8編成が斜めストライプ塗装に戻されたことを皮切りに2016年までに廃車となった車両を除きすべて斜めストライプ塗装に変更された。

❸湘南色 (80系色)
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2010年~2013年の約3年間だけOM03編成に施された塗装。

吾妻線の優等列車の愛称である「草津」が1960年の運行開始から50周年となることを記念して、大宮総合車両センター配置のOM03編成が80系電車を模した黄かん色と緑2号のツートンカラー(湘南色)に塗装変更された。その後2013年初頭にサロ185だけ廃車となり、斜めストライプ塗装に変更となった。(現在も6両編成で存続)

❹国鉄特急色/あまぎ色(157系塗装)
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2012年~2015年頃までOM08編成に施された塗装。国鉄特急色やあまぎ色と呼ばれていた。

2012年2月29日に大宮総合車両センターOM08編成が157系と同様の塗装に変更された上で全般検査から出場して運用開始、3月3日に運行された臨時特急「上州踊り子」「あまぎ」にも使用された。
その後、2015年2月末「はちおうじ踊り子号」の運転を最後に大宮入場の上、斜めストライプ塗装に変更となった。(現在も7両編成で存続)

おまけ:フルフル塗装

1994年度は、スキー専用列車「シュプール号」の運行開始から10周年を記念して「シュプール号」に特別塗装車両を導入した。
新前橋電車区の2編成が特別塗装車両に選ばれ、特別塗装はジョン・シェリーが原画を担当し、「列車に乗り込むときから少しでも気分が盛り上がる楽しい列車」になることをねらい、ブルーとホワイトのツートンカラーをベースに、動物たちと人間が一緒にスキーを楽しむというイラストが描かれ、「雪よ、降れ!」という願いと冬や雪への気持ちを「いっぱい」 (="full") 乗せて走る列車という意味を込めて「フルフル」と命名された。

この2編成は、1995年1月6日から同年3月27日まで、グリーン車を外した6両編成で「シュプール上越3号・2号」と「シュプール草津・万座」に限定運用され、「シュプール号」運行終了後は、5月までそのままの色で他車に合わせて「フルフル」塗装としたグリーン車を組み込んだ7両編成で通常運用に入っていた。


現在は斜めストライプ一色となってしまったが、つい5年ほど前まではいろいろな塗装の185系が走っていました。
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このような湘南色とEXPRESS185塗装が連結していたり、湘南色と国鉄特急色が連結していたという豪華な編成も有りました。

しかし、田町車両センター配置車両が無くなったことにより185系はすべて大宮総合車両センターに転属されすべてがかつての斜めストライプ塗装に戻されてしまい。こういう異なる塗装の連結も見られなくなりました。

E257系も踊り子色と房総色が連結したら面白いかもしれませんけどねwww

最後に、注目してもらいたいのは湘南色のサロ185です!
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サロ185は、当時を再現して窓下に緑のラインが入っているのが特徴的でした。


そうそう私のYouTubeに185系国鉄特急色の発車シーンが撮影された動画がありましたので・・・そちらも添付します!
今は見れない185系国鉄特急色の発車シーンをぜひご覧くださいませ!


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スマホやタブレットで御覧の皆様にお知らせいたします。
前回の記事もそうなんですが、この記事作成はパソコンで行っておりますので区切りの部分がおかしくなっているかと思います。
ですので、見る際はちょっと見にくいかもしれませんが、何卒ご理解の程よろしくお願いいたします!

本日の記事より、少し修正を施したので変なところで段落が発生することはないと思います。

前回の続きです!こちらをご覧の上続きをどうぞ!
さて、1993年「新特急あかぎ」が誕生したあとのお話です。
そして、ついに200番台からリニューアル工事が施されていきます!

⑥185系リニューアル工事施工
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1995年9月から1998年11月にかけて、新前橋電車区の200番台に更新工事が行われた。この工事で普通車の座席を回転式リクライニングシートに変更してより特急形らしい設備に交換されたのと同時に、外部塗装デザインをクリーム色をベースに上毛三山をモチーフとした黄色・グレー・赤色のブロックパターンを配し、側面に "EXPRESS 185" のロゴが入っている塗装に変更された。(←俗に言うEXPRESS185塗装である)
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1995年12月1日のダイヤ改正で、東北新幹線の列車名に「なすの」が新設されることに伴い、田町電車区の185系を使用していた「新特急なすの」は「ホームタウンとちぎ」および「おはようとちぎ」に列車名が変更された。

1997年9月30日限りで信越本線の横川と軽井沢の区間は廃止となったが、廃止直前まで高崎と軽井沢を結ぶ普通列車として185系が運用され、185系は定期普通列車では最後に碓氷峠を越えた形式となり、その折り返しに設定された臨時回送列車に使用された185系が最後に碓氷峠を越えた旅客車両となった。
(ちなみにJRからしなの鉄道に出向した社員によると、185系は嫌われていたようである。碓氷峠区間では189系よりクセが強い車両だったとか何とか・・・)

1997年10月1日の改正より、上越新幹線で「たにがわ」が運転されることになったため「新特急谷川」から「新特急水上」へ名称変更された。

1999年から2002年にかけて、田町電車区の185系もリニューアル工事が行われ、普通車の座席がリクライニングシートに交換されたほか、外部塗装デザインは湘南色をあしらったブロックパターンへ変更された。
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2002年12月のダイヤ改正で「特急」に呼称が統一されたため「新特急」の呼び名は使用されなくなったことに伴い「特急あかぎ」「特急草津」「特急水上」に変更。(同じ日にL特急も特急に統一されている)

2004年10月15日限りで、高崎線で上り1本だけ残っていた普通列車運用から外れた。
その後、JR東日本の車両の検査体制の見直しに伴い、高崎車両センターに配置されていた185系は、全車両が2006年3月18日付で大宮総合車両センターへ転属となった。
この転属後、高崎と横川の間に設定されていた間合い運用の普通列車は185系の運用ではなくなり、以後185系の普通列車は通勤ライナーを除き東京7:24発の伊東行き(列車番号521M)1本だけとなった。

2010年以降は、数々のリバイバル塗装が出場した!(次回以降にするため割愛します)

⑦田町車両センター廃止でピンチ!

2013年3月16日のダイヤ改正で、忌まわしい高輪ゲートウェイ駅開業に伴う田町車両センター縮小の影響で、田町車両センターに配置されている車両がすべて大宮総合車両センターに転属した。
これと同時に、改正前から大宮総合車両センターに所属している編成は、グリーン車の連結位置が田町車両センターに配置されていた車両に合わせて変更されたほか、方向転換を実施して車両の向きを揃えた。ちなみに編成番号は転属後も変更されていない。
このダイヤ改正以後、OM編成とB編成は共通運用されるようになった。
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そして、このダイヤ改正では、朝方に東海道線で残っていた185系の伊東行き普通列車の運用が熱海までE231系に置き換えられ、普通列車運用は熱海-伊東間に縮小された。同センター東大宮センターとの間の車両の回送ルートに武蔵野線が使用されるようになったが、上野東京ライン開業後は同ラインを経由して東大宮センターとの間を回送するようになった。

⑧組成を変更そして廃車へ

OM編成は前述の方向転換の他に、湘南色となっていたOM03編成がB編成と同様の塗装デザインに変更されると同時に、グリーン車を抜き取り6両編成となった。

B編成では、B1編成をのぞいて全編成グリーン車が抜き取られ、B2編成はB7編成からモハ185・184-231のユニットを加えて8両編成となり、B7編成は4両編成となった。

C編成は、C7編成がサハ185-7を抜き取って4両編成となった。サハ185-7は長野総合車両センターへ配給回送された後、2013年4月1日付で廃車となり、本系列で初の廃車車両となった。

B編成から外されたグリーン車は同年7月24日付・10月9日付の2回に分けて廃車となった。
これらの動きは各種団体列車や波動輸送に使用されていた183系を置き換えるものと一部雑誌等で報じられており、実際に快速「ムーンライトながら」は2013-2014年冬期から185系で運用されるようになった。
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2012年6月末時点では置き換え計画は未定とされていた185系だが、2014年3月15日のダイヤ改正で、高崎線系統の特急が新宿発着の1往復を除き651系に置き換えられ、7両編成の特急運用が消滅したほか、最後まで残っていた伊東線の普通列車運用も消滅した。これを受けて編成単位で廃車が開始され、2014年5月13日付でB1編成が廃車になったため、グリーン車を組み込んだB編成は消滅。
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一方、同年8月1日からは同年度末に開業した上野東京ラインの試運転に185系も使用され、同年8月2日・3日の試運転はOM06編成の編成の一部を組み込んで10両編成としたOM07編成が使用された。
このOM07編成は編成中4両が2015年5月26日付で廃車となり、残る6両も同年6月5日付で廃車になった。

⑨廃車が進む185系

一方、「踊り子」は、2013年3月1日の共同通信社のサイトで、JR東日本役員のコメントとして「羽田空港の国際線拡大によって利用者が減少した『成田エクスプレス』を減便して、余剰となるE259系への置き換えの検討」が報じられたが、E259系は臨時列車の『マリンエクスプレス踊り子』への導入に留まった。その後、2013年9月16日のスポーツニッポンでは、「中央本線に導入されるE353系によって捻出されたE257系の転用先として『踊り子』などが候補に挙がっている」と報じられた。2017年4月8日に、185系をE257系で置き換える方針であることが明らかになった。

2016年のダイヤ改正により、高崎線の特急列車から185系が淘汰され、651系1000番台に統一。はまかいじは発着していた横浜駅京浜東北線ホームのホームドア設置に伴い2019年1月3日の運転をもって廃止され、定期運転としては東海道線の特急踊り子、湘南ライナー、ホームライナー小田原のみの運用となった。

⑩そしてE257系へ

2020年3月14日のダイヤ改正から一部の踊り子号にE257系2000番台の投入が開始された。
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が!この車両急場しのぎで作ったのか雨漏りやトイレ故障などの不具合が度々あった。
この件についてはJR東日本の労働組合が異議申し立てしています。
その影響やコロナによる特急減便なども有りE257系を使用せずということもあった。

さらに、改造工事の遅れによりなかなか本数が揃わないというのも影響していました。
E257系500番台の改造工事もダイヤ改正以降に行っていました。

そしてつい先日の11月12日・・・
JR東日本より来春のダイヤ改正で「踊り子」をE257系で置き換える旨のプレスを発表!

これにより、JR東日本管内で定期運用される特急列車はJR発足後の車両に統一される。
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以上が、185系約半世紀の歩みです。。。
185系ってやっぱり183系などの国鉄特急の意思を継いでいるので、特急エンブレムが付いてるんですよね。
コレって今では185系でしか見ることができないんですよ。西の方を走ってる「特急やくも」は一応エンブレム付いてるんですが、塗装なんですよね~

ちゃんとしたエンブレムが残っているのってもしかしたら185系だけなのかもしれません。

185系・・・
私にとっては新特急からの付き合いですし、かつて走った「ウィークエンドあかぎ」なんていう列車にも乗ったことがあるんで、一番思い出深い車両なのかもしれません。

そんな車両がもう引退を迎えるなんて、悲しくなりますよ・・・

すでに、撮り鉄が暴徒を始めているという噂も聞いていますので、撮影はマナーをもって行っていただきたいですね。

今後も不定期で特集「THE LAST RUN 185」シリーズをお届けしていきますので、引き続きお楽しみに!

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さて、本日カテゴリーを大幅に変更しました。
いろいろと不要なカテゴリーを特集内にまとめました!
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そして!185系引退ということで185系専用の特集コーナーを設けました!

まず185系について解説していきましょう!
ちなみに、ウィキペディアに記載のことを大まかに省いてはいますが、かなり長いので読む方は心してください!
まあ、それだけ歴史ある車両なんですよ185系は・・・約半世紀ですから・・・


もともと国鉄には急行型という形式があったんですが、急行型は2ドアであり普通運用にも入るなど今の185系を踏襲した列車が多かった。
当時の東海道線は153系、高崎系統でも165系と急行形車両が充当されておりその列車を普通運用に入れる特急形車両で置き換えることが目的で製造されたのが185系ということです。

そのような経緯で東海道線から順次導入されていきます。

①東海道線への投入開始                
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そして、1981年1月から順次田町電車区(東チタ/現:東京総合車両センター田町派出)に配置されていき同年3月26日より、153系の付属編成を置き換える形で運用が開始されたが、特急形車両でありながら初運用は普通列車でした。
急行「伊豆」は同年3月28日から使用され、これらの運用上では153系と連結して運用されることもあったそうです。

10月1日からエル特急「踊り子」7往復と、朝夕の普通列車10往復で運用が開始されたが、この時点では特急「あまぎ」に使用されていた183系を「踊り子」3往復に運用していた。

この時点で、東海道線の急行は全廃され、利用者は特急に乗らざるを得なくなり実質的な値上げとする意見に加えて、ピーク時間帯をはずれても2扉クローズドデッキ車の普通列車運用は遅延を招いていた。

赤字にしたところ、近年同じような現象見ますよね?
そう、ホームライナーを廃止して特急へ格上げする来春のダイヤ改正そのものですよね。
つまり、40年ぶりに同じ現象が東海道線で起きるということである。

②新幹線リレー号へ投入!               
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高崎線で運用されていた165系を置き換えるため、1981年末から耐寒耐雪装備や横軽対策が施された200番台の製造が開始された。200番台の特徴としては、上記の耐寒耐雪装備の他0番台とは異なり緑色の帯を装備したのが特徴的だった。

この200番台は新前橋電車区(高シマ/現:高崎車両センター)に配置され、1982年3月10日から165系の運用に投入を開始し、急行「あかぎ」で運用を開始、増備とともに急行「ゆけむり」「草津」「軽井沢」や普通列車で運用された。
この年の8月16日特急「白根」に200番台が運用されたが、これが200番台で初の特急運用となった。

1982年6月23日の東北新幹線開業と同時に185系200番台を使用した「新幹線リレー号」が大宮発の新幹線「やまびこ」4往復と「あおば」6往復が設定され各列車に接続する運行体制で運行された。
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11月15日の上越新幹線開業からは28往復に増発され、同時に特急「谷川」・「白根」・「あかぎ」や一部の普通列車にも運用が開始された。
普通列車運用では、高崎から軽井沢・中軽井沢までの信越本線普通列車運用に投入されて碓氷峠をも越えたのである。つまり、昨年特急あさまで運用された189系碓氷超えを知る最後の生き証人ということである。
ちなみに、リニューアル化された際に碓氷峠越えの横軽対策装備は撤去された。

さらに冬期に特急「谷川」が石打まで延長運転され、スキー客向けの臨時特急「新雪」にも185系200番台が運用されていた。

③新特急運転開始                   
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1985年3月14日に東北・上越新幹線が上野まで延伸開業され「新幹線リレー号」は廃止された。
「新幹線リレー号」に使用されていた185系は上野発着の急行の特急格上げに使用されることになった。東北本線・高崎線の特急のうち首都圏近郊を運行範囲とする特急は「新特急」を冠する愛称に変更され、高崎線系統で「新特急谷川」「新特急草津」「新特急あかぎ」、東北本線系統で「新特急なすの」の運行が開始された。

ちなみに新特急とは、日本国有鉄道(国鉄)が運転を始めた特急列車(L特急)のうち、上野駅を始発・終着とする東北本線・高崎線を中心とした線区で、1985年3月14日ダイヤ改正以前より運転されていた急行列車を格上げする形で185系電車を運用上用いた列車を指していた呼称で、自由席主体の編成であり、定期券所持客も特急券を別途購入することにより利用することが可能で、50km以内の特急料金は当時の急行券と同額(自由席)とすることで新幹線との差別化を図った列車のことを言います。

もともとは新特急が、急行列車の特急への格上げというより、ダイヤ上は従来の急行と同格の列車に特急形車両を充当しただけのものという位置づけの種別であったことに加え、新特急に運用される185系電車が従来の165系電車をはじめとする急行形車両の内装をボックスシートから転換クロスシートに変えた程度であり、新型車両とはいえ従来ならば急行料金が適用可能と考えられていたことに起因する。
しかし、1981年より伊豆方面の特急「踊り子」に185系を運用していたこともあり、急行列車として存続させることができず、特急料金の適用となることによる実質的な値上げを緩和するために講じられた措置でもある。

それでも余剰があったので、200番台4編成が田町電車区に転属の上、183系で運用されていた「踊り子」を置き換えた。これにより「踊り子」は全列車が185系での運転になった。
(ちなみに183系は長野に転属し「あさま」などの運用についた)

④湘南ライナー登場!                 
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1986年11月1日のダイヤ改正で着席通勤を目的とした列車として「湘南ライナー」の運行が開始され、田町電車区の185系が運用されるようになった。「湘南ライナー」はその後も順次増発された一方で朝夕の普通列車運用は減少し、夕方下り列車の運用は「湘南ライナー」に置き換えられて消滅した。

⑤民営化で更に運用拡大!185系全盛期を迎える!   

1988年3月13日のダイヤ改正で、停車駅が類似していた快速ラビットとの差別化が図れず利用客が低迷したため「新特急なすの」のうち4往復が廃止された。
これに伴い「踊り子」増発用に転用され、7両編成の1編成が新前橋電車区から田町電車区へ転属しました。

1990年3月10日のダイヤ改正で、「湘南新宿ライナー」の増発が行われて田町電車区の185系B編成が運用された。東北本線の「新特急なすの」が1往復を除いて快速列車に格下げとなり、さらに2編成が新前橋電車区から田町電車区へ転属、残った1往復は新宿発着となり、田町電車区の185系での運行に変更されている。(←これが後の「ホームタウンとちぎ」である)
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1992年3月14日のダイヤ改正では、「湘南ライナー」の一部が215系に置き換えられた一方、「新特急なすの」が上りのみ1便増発されることになった。
さらに、これにあわせて「ホームライナー古河」も田町電車区の185系で運用されるようになった。
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1993年12月1日のダイヤ改正からは、新宿発着の「新特急ホームタウン高崎」「新特急あかぎ」が設定され、田町電車区の185系A編成が使用されるようになった。
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ここから先もまだまだ長くなるので、この辺で今回は終了です!

次回予告!いよいよ185系がリニューアルされていきます!

約40年間、国鉄からJR東日本へと受け継がれてきた185系・・・
まだまだ、185系の戦いは続くんです!乞うご期待!

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前回の記事が鉄道コムランキング7位まであがりました!
ありがとうございます。なんか、こう反応があるからブログって面白いんですよね~

さて、ブログのアクセス解析を見ててなぜかヤフーブログでの最後に書いた成田線の記事が反響というより継続してご覧になられている方が多く居るみたいなので、ちょっと違う記事を出したいと思います!

本当は、今後販売予定の同人誌「成田線我孫子支線沿線ガイド」用のネタなんですがね~今回はアクセス感謝を込めて特別に公開いたします! 
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この成田線我孫子支線がどういうものかについては、前回の記事でお分かりいただけたと思いますので今回はちょっと視点を変えてお届けしたいと思います!

毎年年末年始この路線は、終夜臨が2往復走り県外から来る臨時列車がこの路線を通過していきます!
そうかつてはEF81牽引の客車が通過したこともあるこの我孫子支線!
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今年の年末年始も幕張のE257系500番台に加え、おそらく今年がラストとなる185系や勝田のE653系が初詣臨としてこの路線を通過していきます。

しかし、なぜこの路線を初詣臨は通過していくのか説明したいと思います。
この路線を通過する初詣臨はすべて武蔵野線を経由してくるものと、常磐線から来るものの2パターンあります。
常磐線から来るものはだいたい上のようにE653系国鉄風色で、その他185系・E257系500番台とかだと武蔵野線や宇都宮・高崎線から成田山新勝寺の最寄駅である成田に向けて運行されます。

ただ、残念な事に我孫子支線内の停車駅はありません。
全線が単線ゆえに度々駅での運転停車はありますが、ドアは開きませんので我孫子支線では乗降扱いはありません。

そこで!今まで初詣臨に乗車していた方!今回はローカルで行きませんか?
ほらコロナウイルス怖いですよね?成田山新勝寺混みますよ?
だから成田山新勝寺行かないで成田線我孫子支線沿線にある神社行きません?

地元住民だから教えることが出来る!隠れた穴場スポットを教えます!

①我孫子香取神社
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あの香取神宮傘下の我孫子にある香取神社!
我孫子駅から徒歩約10分ほどの所にあります。

小さい香取神社ですが、お正月は限定の御朱印が有るのです!
しかも、地元書道家が手書きで書いてくれるらしいです!
通常の御朱印は、毎月第一土曜日のみらしいので注意!

もう成田山新勝寺よりこっちの方がレア度高いですよ!

②葺不合神社(ふきあえずじんじゃ)
不合神社
読み方がよくわからないけどすごい神社!
葺不合とかいてふきあえずと読みます。
新木駅から徒歩10分ほどのところにある神社です。

この神社!本殿の木彫り直刻がやばいぐらいすごい!マジで!
あえて、画像では出してないです。直接目で確認してほしいから!
ただ、この神社駐車場無いので行くときは電車使ってねw

③安食大鷲神社
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安食駅から徒歩15分ほどのところにある神社
大鷲神社のほかに魂生大明神もあります。

大鷲神社が商売繁盛と交通安全、魂生大明神には家内安全や子孫繁栄があるそうです。
魂生大明神は男性の方は行った方がいいかもしれませんよw
詳しくは申し上げられませんけど・・・

とりあえず、この3つの神社は年末年始におすすめ!

そして、歩き疲れたら日帰り温泉で足休めしよう!
こちらも成田線我孫子支線から

④成田温泉 大和の湯
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下総松崎駅から徒歩10分ほどの場所にある日帰り温泉施設です。

この辺では珍しく黒湯に浸かれます。
偶数日と奇数日で入浴できる場所が変わるので最低2回は行った方がいいかもしれません。しかも冬の夕方なら遠くに富士山が望めます。しかも結構キレイに見えます。
レストランもあるのですが、現在コロナの影響により休業中だそうです。


以上、年末年始におすすめしたい成田線我孫子支線沿線のポイントでした!
ちなみに、これらのスポットに加えおすすめのグルメスポットなどを紹介した「成田線我孫子支線沿線ガイド」を現在当サークルにて製作中です!

製作が完了次第また改めてご案内は出したいと思います。
この記事で我孫子支線に興味を持ちましたら、是非そちらの方も購入してください!
よろしくお願いいたします!

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