Project JRS公式ブログ

只見線を応援する同人サークル「Project JRS」公式ブログ! Project JRSでは茨城県及び北海道も応援しています!

2017年10月


イメージ 9

首都圏を暴風域に巻き込み、首都圏の鉄道網を壊滅状態に追い込んだ台風は温帯低気圧に変わったようですが、今なお遅れ、ダイヤ乱れが発生しており、混乱を招いています。

今日は、事前に正午まで上野東京ラインをすべて上野折り返しにしたことで2015年3月のダイヤ改正以前のような光景を見ることが出来ました!

イメージ 1
イメージ 2

上野駅中央改札に始発文字が並ぶ・・・
そして、上野東京ラインの方は無表示!この光景は年に数回有るか無いかですので以外に貴重かもしれませんね。

この時はまだ宇都宮線も遅延はあったが動いてはいました・・・

しかし、宇都宮線では台風が過ぎ去った後新たな問題を発生させました!

宇都宮線は久喜~東鷲宮駅間での送電設備故障の影響で、電車に送電されなくなり停電が発生!

その影響で全線で運転見合わせとなりました。夕方になり上野~白岡間に限り運転を再開することになったので今まで見たこともない「白岡行き」が誕生したのです!

イメージ 5
↑中央改札に表示される「白岡」の文字

イメージ 3
イメージ 4
↑コンコースとホームに表示される「白岡」

ちなみに14番線の方では自動放送もあり・・・
『今度の14番線の列車は18:48発 上野東京ライン 普通 白岡い行きです。』と言っていました。

まぁ、こちらはデータを入力すれば表示できるのですが・・・
やはり気になるのはE231系・E233系の方ですよね~

イメージ 6

E233系の前面は緑地で普通の表示がなされていました。
側面もこちらは同じで・・・

イメージ 7

このように表示されます。

同様にE231系についても・・・

イメージ 8

緑字で「普通」の文字で運転されていました。
乗車していないのでなんとも言えませんが、おそらく車内自動放送はなかったものと思われます。

そりゃ、白岡で普通は折り返し運転されるなんて想定されていないでしょうから「白岡」の行先が入ってるわけ無いですよね~

ちなみに、調べてみた所・・・宇都宮線で装備している幕は「大宮」「古河」「小山」「小金井」「宇都宮」「矢板」「黒磯」の幕しか準備はされていないようです。

いまだに、復旧の見込みが立っていないようです。
明日も影響する可能性もありますので、宇都宮線を使う方は注意したほうが良いかと思われます。

イメージ 10
↑鉄道コムランキング参加中! 宇都宮線 白岡行きについてもこちらで↑


ダイヤ改正から早1週間が経過し、常磐線の方もだんだんとダイヤに慣れてきた感じですかね~
上野始終着の列車は減りましたが、品川始終着が増えた影響で上野行きの列車の乗車人数が大幅に減ったと言う感じですね~
相変わらず、品川行きに関しては混雑率が半端ないようですが、上野行き利用者にとってはこのダイヤ改正は良かったんじゃないかなと思っております。

ということで、つい先日・・・
上野駅にこのような張り紙を見つけましたのでここでお知らせしておこうと思います。

「思い出深い駅」
イメージ 1

第1位:上野駅

なんと!思い出深い駅の第1位に上野駅が選ばれました!

やっぱり、長年北の始発駅として君臨し続けた上野駅は思い出深い駅ですよね~
国鉄時代には特急「とき」や「やまびこ」「ひばり」「はくたか」「はつかり」「はくつる」等の列車がこの駅を始発駅としていましたしJR化後も「あさま」や「ひたち」「北斗星」「カシオペア」等の列車が始終着としていましたが、2015年3月のダイヤ改正で上野東京ラインが開業し途中駅となってしまいました。

さらに特急も「ひたち」は大半の列車が品川始終着となり今上野駅を始終着にしている特急は「あかぎ」や「草津」のみとなってしまいました。

今日は、一昔前の上野駅の画像を少し振り返って行きたいと思います!
まずは国鉄時代から・・・

イメージ 2

私の父が撮影した181系特急「とき」です。
この当時は上野7番線も特急が発着するホームだったんですよね~

イメージ 3

同じく485系ボンネットの「ひばり」です。
当時、上野~仙台間を結んでいた特急「ひばり」。
東北系統の昼行特急では「やまびこ」「はつかり」にも匹敵するほどの人気があった列車ですが、東北新幹線の開業により一部残存はするものの1982年11月のダイヤ改正で定期列車が消滅。その後臨時列車として残るも東北新幹線の上野延伸で完全に廃止となりました。

時は流れ、JRになると寝台特急ブームになります。青函トンネルの開業によって登場した寝台特急「北斗星」。最大3往復まで増発されたが、北海道新幹線の開業前に廃止されてしまった。

イメージ 4

北斗星が1往復減便され登場したのが寝台特急「カシオペア」です。

イメージ 5

カシオペアは北海道新幹線開業前に廃止となりましたが、以降もクルーズ列車として北海道に再上陸を果たしたりしましたが、現在は専らJR東日本管内でのみ運転されています。

そして、忘れてはいけない寝台特急はまだまだいます。

イメージ 6

上野~金沢間を結んでいた寝台特急「北陸」

イメージ 7

何度もの廃止の危機を乗り越えてきた寝台特急「あけぼの」

イメージ 8

そして、信越本線 横軽間をも乗り越えてきた489系急行「能登」

と、このように多くの列車が上野駅から消え去って行きました。
上野駅はこのように多くの列車が発着しており、多くの皆さんが上京や帰郷に利用して、記憶に残っていたからこそ「思い出深い駅」としてランクインしたんだと思います。

今その輝かしい記録は過去のものとなってしまいましたが、多くの皆さんの心の中に刻まれているのだと思います。

イメージ 9
↑鉄道コムランキング参加中! 上野駅についてもこちらで↑


いよいよ明日、ダイヤ改正が行われます。
今回のダイヤ改正の目玉は、上野東京ライン(常磐線)の大増発です!
我が常磐線民としては、上野発着が大幅に削減されクソなダイヤ改正だと思っています。(正直そう思っている人は数多くいると思います。)

そんな中、ひっそりと終了するものもあります。

イメージ 8

今まで、東北と首都圏の境目として君臨し続け、青春18きっぷ期間中には「黒磯ダッシュ」とまで揶揄された黒磯駅のデッドセクションが本日を持って終了します。
東北本線の電化から続けられてきた長い歴史に終止符が打たれるのです。


デッドセクションとは、電化された鉄道において、異なる電気方式や会社間の接続点に設けられる、架線に給電されていない区間・地点のことを言います。死電区間とか無電区間という言い方もします。

デッドセクションには2つの方式があって、セクション通過直前でマスコンをノッチオフ(ノッチ戻し)することで主回路を開放し惰性で走行して、直後に運転士がスイッチまたはレバーを手動で電気方式を切替えてからデッドセクションを通過する「車上切替方式」と駅構内で架線に流す電流を切替える「地上切替方式」の2つの方式があり黒磯駅は後者の地上切替方式による切り替えが行われています。

ちなみに、黒磯駅のデッドセクションは日本で唯一の地上切替方式によるデッドセクションです。(ダイヤ改正以降は車上切替方式に変更されます。)


かつては優等列車でさえも全列車が黒磯に停車し機関車を交換したり、電源を切り替えたりしてきましたが、485系やEF81電気機関車等が出てきてからは黒磯駅の全列車停車はなくなりました。しかしそれでも、黒磯駅の交直切り替えはあり自動列車選別装置を取り付けていないと通過することはできなかったのです。
今や黒磯を通過する夜行列車や特急は無くなってしまったので、その装置を使用することもなくなってしまいました。

黒磯駅のデッドセクションと言えば、今年6月E721系交流電車に直流を流してしまい床下機器から発煙が生じる事故が起きており、度々問題となっていました。
(原因は、駅係員が6番線の貨物列車と誤り5番線の交流普通列車の架線に直流を流し、機器がショートしたことによる。)

そいうい複雑な問題がある黒磯駅なので、デッドセクションの場所を黒磯駅構内から黒磯~高久間に移して事故の発生を防ぐ方針に転換しました。

イメージ 9

その工事が、完成し明日のダイヤ改正からは交直両用の勝田車両センター所属のE531系3000番台とキハ110系気動車に置き換えられます。

それにより今まで来ていた701系とE721系は黒磯に来られなくなります。

今までは黒磯~郡山へと行けたものが、今後は黒磯~新白河、新白河~郡山という具合に分断されてしまいます。

なぜ、新白河で系統分離する必要があるのか?私には理解不能なんですけどね~
なぜ、E531系を郡山まで運転させないのか?本当に疑問でしょうがありません。

ここで、黒磯駅で見られたいつもの光景を見ておきましょう!

イメージ 1

仙台方面から来たEH500はここ黒磯で全列車が停車します。

イメージ 2

信号は赤を現示しており、下にある架線電源識別標識は横に赤色2灯で交流が流れていることを示しています。

これより、交流から直流に切り替えるためEH500は・・・

イメージ 3

このようにパンタグラフを全部降ろします。この間に直流へと電源を切り替えます。

イメージ 4

電源が直流に切り替わると信号は青色を現示し、架線電源識別標識は縦に白色2灯が点灯し直流に切り替わり、EH500はパンタグラフを再び上げます。

パンタを上げると架線からはバチバチと火花をチラシます。
そして、定刻になると黒磯を後にして首都圏や関西方面へと旅立っていくのです。

そんな光景はもう黒磯で見ることは出来なくなります。

イメージ 5

デッドセクション標識を通過していく205系・・・
E231系は黒磯駅を出ると電気が消えてしばらくすると再び点灯すると言う光景ももう見られなくなるのです。

イメージ 6

今後は、E531系が常磐線の取手~藤代間みたいに走行中に直流から交流へと切り替わります。

さよなら黒磯駅のデッドセクション
イメージ 7
↑鉄道コムランキング参加中! 黒磯駅デッドセクションについてもこちらで↑


高崎地区でJR東日本設立当時から走ってきた107系がついに高崎地区から居なくなります!
その原因としては、高崎地区の列車の歴史が原因なのです。

国鉄末期の日光線・両毛線など北関東支線区の普通列車には、急行列車の廃止で余剰となった165系急行形電車が多数転用されていたのですが、旅客の増加につれ165系では乗降に時間がかかるということ165系は新製から20年以上が経過し老朽化が進行していたこと。
また、165系は最低組成編成が3両であるため、日中閑散時には輸送力過剰となっていたことから時間帯ごとの需要に柔軟に対応できる車両の開発が必要だったことから登場したのが107系です。

イメージ 1

107系の特徴として2両編成を基本とすることで2両・4両・6両と需要に応じて輸送力の調整が可能なこと、165系の廃車発生品となる主電動機・台車・補助電源装置(電動発電機)・ブレーキ制御装置・空気圧縮機・冷房装置などの主要機器を再用したことにより、コスト削減が図られた。
また、107系は車体製造技術の維持向上を兼ね自社の大宮・大井・大船・長野・郡山の各工場ならびに新津車両所で製造されました。

107系には2つの形式区分があり0番台は小山電車区(現:小山車両センター)に全8編成配備され、日光線で活躍していた165系を置き換える目的で製造されました。

イメージ 2

登場当初は、クリーム10号を地色とし緑14号で日光線の頭文字「N」をあしらい、前位寄り雨樋下にワンポイントとして「神橋」をイメージした赤1号を配した塗装でしたが、2009年の日光線120周年を機に車体上半部をアイボリー、下半部をクラシックルビーブラウン、境界を金色帯に変更されます。

イメージ 3

2013年春のダイヤ改正で後継車となる205系600番台(元京葉線の205系メルヘン)が登場したことにより全車が解体処分とされましたが、この塗装は205系にも継続されました。

そしてもう一つが今回引退する100番台です。

イメージ 4

こちらは、高崎支社管内地域輸送用の車両として2両編成19本が新前橋電車区(現:高崎車両センター)に配備されました。
車体塗色はクリーム10号に緑14号とピンクの帯を窓下に通した塗装となっており、前期と後期で作られた車両で若干の差異がある。

0番台との違いとしては、砂撒装置・霜取パンタグラフを未搭載とした上で耐雪ブレーキを装備するほか、信越本線 横川~軽井沢間の碓氷峠でEF63形による牽引・推進運転に対応する横軽対策を施工がされていたという点です。(識別のため側面形式標記直前に40 mm 径の丸印(Gマーク:「●」)が標記された)

2016年より首都圏地区(高崎線)での運用を終えた211系が高崎支社にも導入されたことにより、107系を置き換え始めました。
高崎線での運用当時から3両+5両+グリーン2両という気持ち悪い編成を組んでおり、グリーン車を抜くだけで運用に付かせることが出来るという意図があったのだと思われる。

イメージ 5

最後に残った7本も2017年9月をもってJR東日本での定期運用を終了し、10月1日・7日に100番台が運用されていた吾妻・信越・上越・両毛線にそれぞれ乗り入れる団体列車の運行をもって営業を終了する事になりました。

JRが誕生して、30年という節目の年に全車が引退することになりました。JR東日本によるとこの車両を保存する予定はないとのことです。

ただ、嬉しいこともあり107系の19編成の内、前期に作られたR1編成、後期に作られたR7・R8・R13~16編成は同じ群馬にある私鉄の上毛電鉄に有償で譲渡され、今後の活躍が期待されています。
塗装については変更されるとのことです。


今日を持って引退する107系ですが・・・
かつては、北関東に行くとこの車両がいて「ロングシートのクソな列車だ!」なんて思っていましたが、いざ無くなるとなると少し感慨深いですよね~

最後に、姉妹サイト「方向幕博物館」の方に貴重な107系の駅名対照表を公開いいたします!
横軽間を知るこの車両の駅名対照表には一体どのような行先が入っているのか?気になる方はぜひご覧ください!

お疲れ様でした!107系!
イメージ 6
↑鉄道コムランキング参加中! 107系についてもこちらで↑


イメージ 1

大阪環状線、オレンジ色の103系ラストラン

10/3 毎日放送

 国鉄時代から48年にわたり大阪環状線で親しまれてきたオレンジ色の「103系」が3日、営業運転を終了しました。

 国鉄時代の1969年に登場し、通勤や通学客を運んできた環状線の名物車両でオレンジ色の「103系」。「103」にちなんで10月3日、最後の運行となりました。駅と駅の間が短い環状線では頻繁に加速と減速を繰り返すため、馬力がある103系が長年使われてきましたが、新型車両への置き換えが進み、現在運行しているのは1編成だけになっていました。

 最終列車の運行ダイヤは公表されていませんでしたが、京橋駅には最後の雄姿を見ようとファンが詰め掛けました。

 来月には103系の先頭車両が京都鉄道博物館で展示される予定です。


今日を持って今まで48年間大阪を見守り走り続けた、103系がついにJR西日本からも引退します。

時を巻き戻せば、JR東日本では首都圏で最後まで残っていた常磐快速線がE231系に置き換えられる形で2006年3月で運用を終了、その後最後まで残っていた東北唯一の直流区間である仙石線の103系が205系に置き換えられる2009年10月に運用を終了し、JR東日本での103系は姿を消しました。


JR西日本ではまだまだ全盛期で大阪環状線・阪和線等でも使用されていました。

イメージ 2

JR西日本全盛期の103系といえば、オレンジとウグイスが混在しているという、JR東日本では考えられない意味不明な編成も存在していました。

実にJR東日本と10年の開きがあるということを象徴付けた103系が10月3日・・・
ちょうど103が付く今日引退しました。
今後、京都鉄道博物館で先頭が展示されるとのことです。

イメージ 3

そして、いまだ残るこちらも国鉄形の201系も来年度を目処に323系へと置き換えられる予定です。
この201系も似合わないLEDを入れられたりして魔改造されているんですよね~

JR西日本でも30年の時を経て国鉄形の置き換えが進行しているようです。

イメージ 4
↑鉄道コムランキング参加中! 103系引退についてもこちらで↑

このページのトップヘ