Project JRS公式ブログ

只見線を応援する同人サークル「Project JRS」公式ブログ! Project JRSでは茨城県及び北海道も応援しています!

2016年03月


今日で3月も終わりですね~
「はまなす」「カシオペア」「白鳥・スーパー白鳥」と数々の列車が引退し、新たに北海道新幹線が開業した等色々とあった3月も今日で終わりです。
また、3月は15日連続更新を達成!これは昨年3月以来の更新量です!
色々と大変でしたが皆さんに良い記事をお届けできてよかったかなと・・・
来月からはおそらく不定期更新になると思いますが、今後ともよろしくお願いします!

そういえば・・・明日で北海道新幹線が開業して1週間となります!

そんな中、運転を終了して10日が経過「カシオペア」に動きがありました。

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ラストラン1本前を担当した「EF510-509」、そしてラストランを担当した「EF510-510」が本日午前・・・
富山へ向けて輸送されていきました。

さすがにここまで早く輸送されていくとは思いませんでした!

これには理由があります。

①クルーズトレイン「カシオペア」は運行が少ないこと

クルーズトレインとして6月復活する予定の「カシオペア」ですが、基本的には今までの団臨の傾向から2泊3日が基本となっています。
それに、毎日走るわけじゃなく多くても月に数回ぐらいしか走らないことからEF510を持っていても意味がなくなるのです。

これが下記へ続きます・・・

②EF510の必要価値がない

クルーズトレインとなると今までみたいに東北本線を北上するだけじゃなく上越線経由等の日本海縦貫線等も走行することになります。
そうすると今までEF510は上越線等を経由したことがないので訓練が必要になるということとおそらくEF510は上越線の急勾配で空転するんじゃないかと思われます。

かつてEF81の時の「あけぼの」は車輪が空転していたことからEF64に車両が交代になったこともありましたし、かつてクルーズトレインとして上越線を走行した際もEF64+EF81の重連で運転されたこともありました。

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それに以前記事にも書きましたが、「JR貨物に譲渡前提で製造されたことからEF81の補助的存在となり、運用範囲が狭められ、EF81よりも使いにくい存在となっていた。」と書きました。
運用範囲が狭いので基本的にEF510は東北本線・常磐線を走行するときだけにしか使用されてこなかったのです。

だから「あけぼの」が東北本線経由になった時EF510が牽引したのです。

こうして、運用範囲が狭いことが早く譲渡された要因を作ったのです。


この結果から見いだせるクルーズトレイン「カシオペア」の牽引機は・・・
ずばり!

EF81形電気機関車

が有力ということになります。
上越線経由の場合は恐らく以前と同様、高崎か長岡所属のEF64+田端のEF81が牽引することになると思います。
道内に入る場合は青函区間をJR貨物のEH800、道内ではDF200が牽引することになるのだと思われます。

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貨物として新たな人生を歩むEF510-500番台・・・
つい先日、定期北斗星最後を牽引したEF510-515がついに貨物としてのデビューを開始したそうです。
あれから1年が経過したんですね~

今後は貨物の銀釜として客車ではなく貨車を連結して日本海縦貫線を大阪~青森まで牽引する!

2010年!
寝台特急衰退期に良いニュースをもたらしてくれたのが「EF510-500」でした!

今後、客車を牽引することは無くなりますが変わりにEH800とDF200が北の大地を走行する姿を見ることが出来るかもしれない・・・

ありがとう田端のEF510!

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↑鉄道コムランキング参加中! 田端のEF510についてもこちらで↑

そういえば、かつての青函区間の主役だったED79はどんどんと苗穂工場で解体されているようです。
もうED79の時代は終わったんですね・・・

ありがとう・さようなら ED79・EF510


現在、昨日の記事が鉄道コムランキング5位となっております。
皆さんのアクセス本当に有難うございます。

実は一連の記事は全てつながっていたのをご存知でしょうか?
「北海道新幹線の開業は上野駅地平ホーム青森駅の衰退を招き、青森の車両の拠点であった車庫まで無くなる結果を招いた。」

文章にするとこんな感じです・・・

これを解決する方法をここでご紹介しますが、あくまでも私の個人的な見解が含まれておりますので予めご了承いただきたいと思います。

つい先日、開業3日間の利用者数が発表されました。

まずはこちらの記事をご覧ください。

利用者2.5倍 北海道新幹線、開業3日間 各駅には大きな差も

3/29 乗りものニュース

当面は26%を想定する北海道新幹線

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 JR北海道は2016年3月29日(火)、北海道新幹線の開業後3日間における利用状況を発表。利用者数が前年の在来線時代と比較し、平均で約2.5倍になったことを明らかにしました。

 このたび開業した北海道新幹線の新青森~新函館北斗間について、初日の3月26日(土)は約1万4200人が利用。前年比329%という数字を記録しています。また、27日(日)は約8700人で前年比208%で、28日(月)は約6800人で前年比197%。3日間の平均では1日あたり約9900人、249%という結果です。

 これら数字は上下列車の合計で、前年の同曜日期間における在来線の特急・急行列車(中小国~木古内)と比較したものです。

 乗車率について、初日の3月26日(土)は61%でしたが、27日(日)は37%、28日(月)は31%と半減に近い数字になっています。3日間の平均では43%です。

 JR北海道は北海道新幹線の乗車率について、当面のあいだ26%を想定。そして老朽化が進む青函トンネルの維持費などで、しばらくは年間50億円規模の赤字が続くとみています。

 また、北海道新幹線の各駅における3日間の利用者は、新函館北斗駅(北斗市)が開業日から順に約4000人、約3400人、約2500人と平均で約3300人でした。

 対し、木古内駅(木古内町)は約600人、約300人、約200人の平均300人強で、奥津軽いまべつ駅(青森県今別町)は約500人、約200人、約100人の平均約300人弱。終点の新函館北斗駅とそれ以外の駅では、利用者がひと桁異なる結果になっています。


この結果から北海道新幹線の初日は物珍しさから乗った人が居るだけということが目に見えて分かります。
その結果、日曜日はついに30%台へと低下していったということです。

前年比に比べ増えているように見えますが、前年は「スーパー白鳥・白鳥」が主流であり乗車人員も6両又は8両の「スーパー白鳥」と10両で座席が3+2で並んでいる新幹線とでは明らかに新幹線のがプラスになります。
しかも、前年の同曜日だと普通の土日にしかならないので函館に行く人なんてそんな居ないんですよ!

なので、この比較はあんまりあてにはなりません。

ただ、メリットとしては今まで1日数人しか居なかった津軽今別駅(現:奥津軽いまべつ)が平均で300人も降りるようになったのだから凄いですよね。
ただ、この効果が続くのは1年が限界でしょうね~

かつて、青函トンネルが開通した時もブームが過ぎ去ると乗車人員は減る傾向がありますから・・・

それに、「JR北海道は北海道新幹線の乗車率について、当面のあいだ26%を想定」って書いてありますが、そんなんでいいんですかね?
もともと利用客居ないんで・・・みたいな考え方してて・・・
だったら、無理だとは思いますが利益が出るようにすればいいんですよ!
なぜ、そんなに東北新幹線への直通と東京乗り入れにこだわったのか?私は不思議でしょうがない・・・

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北海道新幹線の何が悪いかというと・・・
何よりも函館へのアクセスが悪い!
これが最大の要因だと思いますね!

そこで、解決策を色々と模索してみました。

①東北新幹線との分離

正直な話、青森を経由しなくなり青森の人にとっては鉄道を敬遠するようになっています。
ですので、仙台・盛岡・新青森発の3往復以外の東京発着の10往復は不必要なんです。残すなら速達タイプを残しそれ以外はすべて新青森止まりにする。

北海道新幹線は東北新幹線への乗り入れをしないで、新青森~新函館北斗間の区間運用にする。新青森では「はやぶさ」との乗り継ぎに考慮し対面乗り換えとする。

「はやぶさ」に関しては、羽田空港に行きにくい宇都宮や福島等に停車させることが良いと思います。

②新幹線より在来線

上でも述べているように青森を経由しなくなり在来線の利用価値が低下しているのが事実です。
そこで、函館乗り入れの快速の新設することが良いかと思います。
勿論、DS-ATC及び25000V対応にして・・・

ただ、これに関しては貨物との兼ね合いもありそうなので本数は制限されますが、青森と函館を結ぶということと道南いさりび鉄道への支援という観点から見ても運行させる価値はあります。
問題となるのはやはりその列車を運行させるために必要な車両の製造ということになります。これに関しては、JR東日本、JR北海道・沿線道県・沿線市町村が費用を負担して製造することが得策だと思われます。

③新幹線に接続する函館~札幌間を結ぶ夜行列車

これが一番重要なんじゃないかと思いますね・・・
利用価値ないんじゃと思われますが、仕事終わりに東京を出て1回の乗り換えで翌朝札幌に到着できるなんて凄いと思いませんか?
「えっ!?・・・翌朝だったら飛行機使う?」

確かにあながち間違ってないと思いますよ!飛行機っていう選択肢・・・
けど、それだと札幌で宿泊する費用も空港に移動する必要もあるじゃないですか?その辺を安く抑えたい人って居るんですよ!
夜行列車なら宿泊費を抑えることも出来て翌朝札幌について即どこかに移動することだって出来ます。
富良野とか美瑛だったら日帰りすることも可能です!

で、その日の夜の夜行列車に乗って帰れば翌昼には帰れます!
これはかなり良いと思いますけどね~



私の個人的見解ではありますが、これをするかしないかで北海道新幹線の収益率が変わるかと思います。
特に、その効果が分かるものとして・・・
この開業で大宮から北海道に行く人が増えたとの情報もあります。つまり、大宮からだと羽田空港に行くには時間が掛かるが、新幹線ができて行きやすくなったということです。

また、大宮を経由したV字の移動手段というのも増えているようです。昨年開業した北陸新幹線の金沢や上越新幹線の新潟から大宮を経由して東北新幹線へ乗り継ぐ。
これによって、大宮の価値は飛躍的に向上しました。

だとすると、「はやぶさ」の福島・宇都宮停車は理にかなっていると言って良いんだと思います。
「はやぶさ」の所要時間は拡大してしまい新青森へ速達で行くことはできなくなってしまいますが、利便性が向上するのは間違いありません!

今後も厳しい状態が続くJR北海道や老朽化した青函トンネルの維持には多額の費用が必要です。JR北海道はそれに赤字を想定していますが、普通は黒字になるよう努力するのが企業としての努めです!

だからこそ新函館北斗・函館に行きにくい地域の方が利用しやすいように運行方法を変える必要もあるんじゃないかと私は思っております。

上記、以外にも方法はあるかもしれませんがそのように工夫していかないと今後ますます厳しくなるのです。青函トンネルの老朽化は否めない事実ですから・・・

今後、どのように方針転換するのかJR北海道の手腕が問われると思います!

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↑鉄道コムランキング参加中! 北海道新幹線についてもこちらで↑


Youtubeならびにブログへのアクセス本当にありがとうございます。
北海道新幹線開業後の上野駅接近アナウンスを公開したところたった数時間で200を超えて少し驚いているところであります。
また高評価もあんなにもらったことがないので嬉しいです。
まさか、あんな手抜き動画でしかも決して良い録音環境でもなかったのですが・・・

皆様のアクセス本当にありがとうございます。
尚、皆様から頂いたコメントについても目を通しております。

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さて、かつて北の一大拠点として数多くの485系や583系、そして「あけぼの」「日本海」の24系などの名車両が在籍した盛アオこと『青森車両センター』が去る3月26日のダイヤ改正による組織改組により・・・

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盛岡車両センター(盛モカ)の傘下に入り『盛岡車両センター青森派出所』と改称されました。

近年では、「白鳥・つがる」に使用した485系3000番台、現在「つがる」に使用しているE751系、2010年に導入された「リゾートあすなろ」のHB-E300系、機関車ではかつて寝台特急を牽引したEF81、入換や客車を回送させるときに使うあのお方(DE10)が在籍していました。

ダイヤ改正以降は「盛モカ」の傘下になったことから所属車両はなくなり、現在センターに残っているのは疎開されている211系と元勝田所属の651系のみになっています。

青森車両センターは広大で数々の下部組織を持っていました。

新青森至近にある「本所」と青森駅西側にある「検査班」、旧東北本線青森信号場にある「東派出」(旧青森操車場)の3ヶ所ありました。
「東派出」は後の三セク化を見据え2008年に廃止され2010年より青い森鉄道の運輸管理所として使用されています。

なので、最近は「本所」と青森駅の操車業務等を担う「検査班」の2ヶ所のみ稼働していたことになります。
しかし、北海道新幹線開業で客車等をはなくなり操車業務は必要なくなり、「白鳥」の廃止により青森を発着する列車は「つがる」と一部臨時列車、普通列車のみになったことから青森車両センターの必要価値が低下したのだと考えられます。

所属していた485系は大半が廃車となる予定で残るのはE751系使用不可のときに使用するぐらいだと思われます。

なお、青森に常駐していたキハ40はすべて八戸運輸区へ返却されたようです。

所属車両の移転候補として・・・

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E751系は「つがる」で運用されていることから秋田車両センター(秋アキ)に転属、同じく数本は予備として残す予定の485系も秋アキへ行くことが想定されます。

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「リゾートあすなろ」で使用されるHB-E300系は最近の運用が八戸から組まれていることも有り八戸運輸区(盛ハヘ)が有力候補です。
青森に常駐していた盛ハヘ所属のキハ40は津軽線運用につかなくなったようです。
どうやら五能線で使用されている秋田のキハ40が津軽線運用を請負うようになったようです。

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機関車のEF81はすでに秋田に転属したとの情報も流れているだけに秋田車両センターに転属が有力・・・

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今まで客車を青森駅へ送り届けてきた入換機関車のあのお方(DE10)もおそらく秋田車両センターが有力視されています。
なぜなら全8両中3両は盛岡車両センター常駐でさらに5両を増やすほどの車両が所属していないからです。

秋田なら入替に加え廃車するための構内移動等で使用する確率が多くあるため・・・

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DD14除雪車については、保留車となっていることから除籍され廃車もしくはどこかに譲渡されるのではないかと思われます。

もともと青森車両センターは盛岡支社青森支店であり機関車の全般検車等は仙台支社の郡山総合車両センターで施工することになっています。
すると、青森車両センターの車両は旧東北本線である青い森鉄道、IGRを使用しないで入出場させるため、奥羽本線~羽越本線~上越線~高崎線~武蔵野線~常磐線(田端信号場駅経由)~東北本線と大回りを強いられるためそれがネック担っていたのではないかと思われます。

仮にE751系等を秋田に転属させた場合、秋田総合車両センターへ入場することが可能となるため都合のいい結果になることは言うまでもありません。

なぜ、青森車が秋田に入場できなかったのかは不明ですが、やはりJR内の確執があるんでしょうね。
かつて、秋田新幹線の座席の向き等で盛岡支社と秋田支社は対立してきましたから・・・

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2014年当時はここまで車両があったのに・・・

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ダイヤ改正以降、所属車両はなくなりもぬけの殻となってしまった・・・

青森車両センターは、かつて東北特急の一大拠点として485系や583系が数多く在籍していました。「はつかり」や「ゆうづる」「はくつる」等々・・・
そして、東北新幹線開業後も「はつかり」や函館からやってくる50系客車等を留置していました。

数々の青森発着の列車がなくなり、唯一の青森発着の列車だった「はまなす」は運転を取りやめ、「白鳥」も廃止となってしまったことから、唯一の青森発着の列車は「つがる」だけとなりこのような広大な車両センターは必要なくなってしまったのです。

この車両センターは明治時代の日本鉄道時代の「青森機関庫」として誕生したのが始まりです。その後、青森客車区→青森運転区→青森運転所と名称を変えてきた青森車両センターはついに125年の歴史に終止符が打たれました!

今後は盛岡車両センター青森派出所として秋田の701系やE751系を留置するためや疎開先として使用されるのだと思われます。
くしくも、この車両センターの近くには「盛岡新幹線車両センター青森派出所」があるだけに新幹線と同じような名称となってしまったことに、私はショックを隠せないです。

今後の青森は一体どうなっていくのだろうか?

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↑鉄道コムランキング参加中! 青森車両センターについてもこちらで↑


昨日のアクセス解析を見ると・・・
なぜか昨年7月に書いた「JR北海道の次々と廃駅になる駅まとめ」がダントツ1位となっていまして・・・
(通常なら前回の記事やその前の記事がトップになるのに・・・)

何故かな~って調べたら検索ワード「北海道 廃駅」とか調べてる人が多いということが分かりました。
すみません。あの記事は私がまとめただけなんです。しかも、昨年7月とダイヤ改正で廃駅となった8駅とだいぶ違うんですよ!
白滝シリーズとかはあってるかと思いますが、一部違いますし小幌が除外されている点でも違います。
なので、あまりあてにされても困るというのが私の正直な感想です。

さて、昨日上野駅の特急ホームが終焉したという記事を書きましたが今度は反対側へ行きます。
そう昨日の記事でも少し触れました「青森」です!

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青森といえばやっぱり青函連絡船ですよね~
コレがあったから「青森」も「函館」も発展したのです。
当時、青森~函館間は3時間50分かかっていたそうです。

そして、青森に到着した特急から青函連絡船の一番良い場所を取ろうとよく「大垣ダッシュ」ならぬ「青森ダッシュ」が行われていたそうです。

時が変わったのが1988年青函トンネルの開業ですね!

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当時盛岡~青森間で運転されていた「はつかり」は青森~函館間を延長し新たに快速「海峡」の運転も開始しました。
青函トンネルの開通で所要時間が1時間50分も短縮し約2時間で青函間を結ぶようになります。

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2002年東北新幹線が八戸に延伸し「はつかり」「海峡」が廃止。
変わって青函間を結ぶことになったのが「白鳥」と「スーパー白鳥」です。

「海峡」は50系客車と「はまなす」の間合い運用14系で運転されており、客車だとED79の機回しが必要になり電車より時間が掛かるというのが難点だったようです。

485系の「白鳥」と789系「スーパー白鳥」の登場によって青函間の所要時間は数分ほど短くなりました。

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時は流れ、去る3月26日・・・
場所を接続場所を新青森に変え新青森~新函館北斗間を約1時間で結ぶようになった。
しかし、考え方を変えると青森~函館間の所要時間はうまく乗り継げれば「スーパー白鳥」より早く到着できるが、乗り継ぎが悪い時間だと新幹線のほうが遅くなるというデメリットが有ります。

そんな青函間の変遷ですが・・・
ダイヤ改正以降かなり変わったようです。

青森の特急は「つがる」のみとなりかつて青森ダッシュがあったことなんて影を潜めてしまった。
そして、函館に向かう特急に乗るために自由席に長い列を形成する光景も見られなくなりました。

今は短編成の「つがる」に2両編成の普通列車と長大なホームは宝の持ち腐れ状態となりました。

青森駅の奥の方へ進むと未だに残る・・・

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「連絡船」の文字・・・

こんな青森駅を見て皆さんどう思われますか?

確かに連絡船があった時代が全盛期だったかもしれません。
多くの人が北の大地に向けて連絡船に乗った。

特急に変わった時も多くの人が列を形成して函館に向かう列車に乗り込んでいった・・・

けど今はどうでしょう?
秋田に向かう人が列を形成することはあるけど北の大地に行く人がもうここで列を形成することはもう無いのです。

すべての問題は青森を経由しないことです。
今までの列車はどの列車も必ず青森を経由してきたが、北海道新幹線は・・・
場所的な問題上仕方ないかもしれませんが、なにか対策は講じて欲しかった。

この結果が青森衰退の一員を作るのです。青森と函館ともに隣接する都市です。

多くの人が函館へ青森へと移動します。これは東北地方では最大の移動数を誇ります。
これからは仙台の人たちも函館に行きやすくなりますが、JRは青森の存在を功績を忘れて欲しくないです。
青森の人はビジネスで行くこともあるんです。そういうこともちゃんと考えて欲しかったというのが私の感想です。

こうなって思うこと「初心に帰る」こと・・・

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現代の青函連絡船である「津軽海峡フェリー」で車とともに行くことが、唯一青森と函館を結ぶ手段となると思います。

青函連絡船とあまり所要時間は変わりませんが、あの当時に比べ船も進化したので10分短縮し青森~函館を3時間40分で結んでいます!

青森駅の衰退も上野駅と同様特急の減少が大きな要因ですが、青森の場合は駅前の衰退もひどいものです。駅前にあったというより青森といえばの「青森グランドホテル」が昨年閉鎖されました。
それ以外にもシャッターが閉まった店も見られます。

函館にはない光景を青森では見るそれほど衰退してしまったということ・・・

北海道新幹線が開業した今、通過駅となり青森の素通りも懸念されます。

青森が以前のように戻ることはないと思いますが、鉄道で解決を導くことは出来るんじゃないかと私は思います。

まだまだ青森特集は続きます!お楽しみに・・・

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今日から数日間は東北への特急として、また東京への上京手段として栄えた青森に焦点を当てた記事を書いていこうかと思います。
北海道新幹線は、確かに新たなステージを迎えた第一歩だと思います。朝の報道番組でも「北の大地に新幹線が来ることが長年の悲願だった」という風な報道がなされていました。

けど、それに伴って失ったものも数多くあるのは事実です。「カシオペア」「はまなす」「北斗星」「トワイライトエクスプレス」「日本海」「海峡」そして青函連絡船数多くの列車と船が津軽海峡を越え北の大地へと踏み入れていったがそれらはすべて無くなった。

青森からすれば名列車をすべて失ったということでもあるんです。

今日はその起点にあたる「上野駅」特急専用ホームとして栄えた13~17番線を再び焦点に当てた記事を書かせていただきます。

あわせて、前回書いた「上野駅特急ホームの廃止は一時代の終わりだと思う」と一緒に読んでいただけるとより一層わかりやすいかもしれません。

さて、昨年から大きく変わったことといえば「北斗星」の臨時運転は終了し、「カシオペア」は北海道新幹線開業により運転を取りやめました。
これにより、上野から長距離列車が出ることが無くなったということです。

かつては北の玄関口として青森や秋田・仙台等の東北各地を結び、北信越の方では金沢や福井・新潟、長野をも結んでいましたが、その衰退の始まりはやはり東北新幹線や上越新幹線の開業だった。
新幹線ができたことにより区間縮小が相次ぎ、今や上野発となった特急列車は「あかぎ」「草津」と一部の「ひたち・ときわ」だけとなってしまった。

全盛期はひっきりなしに特急が出入りしていたのに今はその面影すら無いという有様です。

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かつてを偲ばせる駅名標も今は13番線に残るコレだけなのかもしれません。

そう両方向とも何も書かれていない駅名票。
これの対となっていたのが「青森駅」の駅名標です。

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こちらも上野と同じく何も書かれていない駅名標だったのです。
青い森鉄道開業時に1・2番線は撤去されつい1年ほど前には最近のJR東の主流LEDタイプになりこの駅名標は見ることができなくなった。

つまり、かつての東北の一大拠点であった青森からの始終着とする列車は無くなったことを意味するんだと思います。

だから、上野駅もこの駅名票が残るのが13番線とタイプは変わっているが16・17番線のみとなっているのだと思う。


3月21日・・・札幌を発った最後の客車寝台「カシオペア」が上野に戻ってきたあとも継続してカシオペアの乗車案内板や乗車位置シールは残っていました。

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が、ダイヤ改正を翌日に控えた3月25日に・・・

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シールも案内板も綺麗サッパリ取り払われました。

荷物用通路に貼られている「北斗星」「カシオペア」「北陸」「あけぼの」すべて無くなってしまったのだからもう悲しくなりますよ。
無常にもダイヤ改正した今でも貼られています。もう見られないヘッドマークをなぜそこに残しているのか・・・
すでにホコリまみれで見ているとほんと悲しい気分にさせられます。

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同じく13番線案内板に貼られていた「カシオペア」のシールも

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カシオペアのシールは剥がされ「特急」が姿を表しました。
ちなみにこれは14・15番線と同じものになります。以前は「あかぎ」とか書かれてたんですがそれすらも無くなりました。

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かつてはこんなにいっぱいあったのに・・・

それと同時に「五つ星広場」の看板も無くなりました。
おそらくしばらくはここは使われることがないんでしょうね~

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ここにはいずれクルーズトレイン専用のラウンジが出来るんでしょうかね?

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五つ星広場には「カシオペア」や「北斗星」の看板がありましたが・・・

「カシオペア」上野発最終日には・・・

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「北斗星」のところは隠され「ありがとう寝台特急カシオペア」へ切り替わり

その翌日には・・・

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コルクボードへと変わってしまいました。

今の13番線は他のホームと変わらない状態になっています。
当駅止まりの列車がココに発着し回送されるという感じです。
もう、かつて色々な寝台特急がここに発着していた風景を見ることは出来ない。

そして、一番ショックだったのがこの光景です。

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日中は発着する列車がないからということで減光させられてしまった16・17番線・・・
昨年の上野東京ライン開業前までは考えられない光景ですよね!

正直、この光景を見たとき「上野の特急列車の時代はもう終わったんだ」って思いました。
こうして使用されなくなったホームを見ると物凄く悲しいですし、昔のように多くの列車が発着していた賑やかな時代を思い起こさせます。

もう上野の賑やかな光景はもう見れないんだなと思ったいたのですが・・・
私は見つけたのです!昔から続く上野駅の風景を・・・

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コレです!一部号車を貸し切りにする「荷物車」です!
あの当時からは車両は変わってしまったが、変わらず続いているのはこの光景なのかもしれません。

昭和時代にはクモニとかクモユニを先頭に連結させこのように新聞や荷物を運んでいました。
時代は流れ車両はE233と次世代をゆく電車となってしまったが、これは昔から続く上野駅の風景・・・

寝台特急や長距離に向かう特急列車は終焉を迎えてしまったが、この光景は今後もおそらく見ることが出来るでしょう。
そして、来年からはここ上野を起点としてクルーズトレインが運転されるようになります!


華やかな時代に上野が戻ることは今後もないでしょうけど、今までとは違う上野駅の風景を今後見ることが出来るんじゃないかと私は思っております。

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