Project JRS公式ブログ

只見線を応援する同人サークル「Project JRS」公式ブログ! Project JRSでは茨城県及び北海道も応援しています!


昨日、4月30日!
成田線120周年を記念して1998年まで運転されていた113系横須賀色を模したE231系5両編成が登場しました!

しかし、本当は1901年4月1日に安食~我孫子間(全線開通)が開業しているので正式には4月1日が120周年の日なんですがなぜ1ヶ月もずれ込んだのだろうか???
私には謎すぎてわからん・・・もしやJRさん忘れてたんじゃwww

それにしても、ちゃんと塗装を変えるということを成し遂げたJR東日本にはさすがとしか言いようがないですねwww


我孫子支線がちょうど120周年のタイミングでこの地に住んでいたことが、ちょっと奇跡的ですわ。
そんな地元路線が120周年という事で当サークルでも大々的にお祝いしていきたいと思います。

それでは、最初に120周年として登場したE231系スカ色を見ていきましょう!
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選ばれた車両は松戸車両センターに所属する5両編成マト139編成。

前後には120周年を記念したヘッドマークを装着しております。
なお、このマト139編成は5月末の運航終了まで我孫子支線のみの運行となる。

ダイヤについては、不明だが地元民の私が本日も確認したところ・・・
ほぼ以下のダイヤで運行するのではないかと推測されます。

マト我孫子派出⇒我孫子705⇒成 田748
成 田757⇒我孫子841
我孫子846⇒成 田927
成 田945⇒我孫子1026
我孫子1047⇒成 田1128
成 田1145⇒我孫子1226
我孫子1247⇒成 田1328
成 田1345⇒我孫子1426
我孫子1447⇒成 田1528
成 田1545⇒我孫子1628⇒マト我孫子派出

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通常のE231系と違いやはり違和感が凄いw
しかし、このカラーリングも悪くないですよね~
ちゃんと乗務員室のドアも青く塗られているのはポイント高いですよね~
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通常塗装との比較はこちら。

今回、成田線でのイベントについては昨日出発式と到着式のみとなっていますがこのスカ色のE231系については5月末まで運転されます。

地元の路線なので、いろいろなところで撮影はしておきたいですね。

また、当サークルでは地元路線を応援するプロジェクトを行います!
まずは、公式サイトを大幅にリニューアル!成田線我孫子支線を応援するページを挿入いたします!

さらに5月中に「成田線我孫子支線ガイド」も電子版で販売開始予定です!
ぜひ、そちらの方もご確認いただければ幸いです!

詳細は、公式Twitterをご確認ください!

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↑ 鉄道コムランキング参加中 成田線120周年についてもこちらで ↑


昨日、3月26日をもって青函連絡船の終焉や寝台特急、そして津軽海峡線などの終焉などを見送って来た4代目青森駅が昨日をもって役目を終え新駅舎へと受け継がれました。。。
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数々の名列車を見送って来たあの本州最北端の代表駅。

北海道の函館とは対照的に青函連絡船時代を今なお残していたあの青森駅がついに幕を閉じました。
私にとっても青森駅は何度も足を運んだ地なので思い出深い駅ではあります。

寝台特急でも新幹線でも、そして高速バスでもこの駅に来ただけにこの駅舎が解体されるのは心痛いですね。。。
今日は、その歴史を振り返りつつ紹介していきたいと思います。

この4代目の駅舎が誕生したのは、なんと!1959年(昭和34年)12月25日のことなんです!
いやはやスゴイですよね~実に61年ですよ。半世紀この駅舎だったと思うとホントすごいですよね。
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当時は、まだ青函連絡船現役時代なわけですよ!
やはりこの曲が似合いますよね~石川さゆりの「津軽海峡冬景色」

上野発の夜行列車降りた時から~
青森駅は雪の中~

そうこの曲が歌われた時の駅舎もこの4代目の駅舎です。
当時は、夜行列車や特急からこの青森駅に降り立ち、北海道函館に行く青函連絡船へと急いで乗り込みいい座席を確保しようと走る「青森ダッシュ!」ならぬ光景が見られたそうだ。

当時は、列車も長編成で今の青森港側の跨線橋も稼働しててそこから青函連絡船へと繋がっていた訳ですが・・・長い時を経て青函連絡船は1988年に廃止となり津軽海峡線へ!

そして、その津軽海峡線も2016年に北海道新幹線にバトンを託し廃止となってしまった。

長い間、青森と函館は姉妹都市として友好を重ねてきたわけですが、北海道新幹線開業により青森駅と函館駅が互いに結ばれる関係では無くなってしまったというのは非常に残念でならなかったです。

話が逸れたので、戻しますw
当初、青森駅には東口(東横イン側)しかなかったのですが、逆側の住民からの要望などがあり、1984年(昭和59年)12月に西口駅舎新築されました。

覚えてます?東口側はあんなに立派な駅舎なのに逆側はというと・・・
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こんなにこじんまりとしてて、「え?これが青森駅?」と錯覚させるような佇まいだったのは鉄の皆さんなら共感していただけますよね。。。

そう、こっちの西口はJR東日本の子会社が駅業務を管轄していたんですよね~東口はJR東日本直営なのに対し反対側は子会社の受け持ちというね。最近ではそういう駅は増えましたけどたぶんこの駅が初なんじゃないかと記憶しています。

2年後の1986年(昭和61年)5月23日、青森駅の隣にある青森駅ビル「ラビナ」が開業します。
新駅舎になった現在は、この駅ビルと旧駅舎の間に通路が設けられて新駅舎への入口になるんだとか。。。ただ、そのラビナについても駅前再開発によって取り壊されることは既定路線らしいです。
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駅前再開発で思い出しましたけど、対岸の北海道 函館駅は青函連絡船時代の駅舎は2003年に取り壊され現在の5代目駅舎となったんですよね。
ちなみにこちらも4代目駅舎が青函連絡船を見送った駅舎だった訳です。まあ、函館駅の4代目駅舎もかなり知名度の高い駅舎でしたよね~

函館に関して言えば、函館は青函連絡船が無くなってからの再開発が早かったんですよね。だからこそ今ではあんなに賑わっていますし、たいして青森はというと近くに観光スポットがあるわけでもなく函館とは対照的に廃れていった感じですね。私はこれを「青函の差」と呼んでいます。

青森駅にとって、特急は必要不可欠な存在だと私は思ってます。
かつて、この青森には2つの寝台特急が終点として運行されてたわけですから・・・

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上野からの寝台特急あけぼのと、大阪からの寝台特急日本海どちらも青森へ向かう唯一の寝台特急でした。そして忘れてはいけないあの青函連絡船深夜便の代替となっていた急行はまなすである。
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さらにさかのぼれば、大阪発の特急白鳥は昼行列車最長距離を誇った唯一の列車だったしと・・・本州各地からこの本州最北端の青森駅へ向けて多くの列車が運転されていた。

しかし、その青森を始終着とする列車は今や秋田から来る「つがる」のみとなってしまった。
かつては、10両以上の超大編成が乗り入れてきた青森駅は今や最長でも4両というなんとも悲しい編成となってしまいかつて青函連絡船などの跨線橋があった場所へ編成が届くことは無くなってしまった。
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2010年の青森駅ホームには、いまだに旧国鉄時代の案内が残されていた。
そして、右側の消された跡にはかすかに「青函連絡船」の文字が見えていたし、ホームにも「連絡船」の文字が残されていました。

そうそう、つい数年前に訪れた時にはまだ「スーパー白鳥」の自由席乗車位置の案内とかも残って見えてましたね。。。時が経つのは早いものですね。。。

また、逸れたので戻しますねw
1988年(昭和63年)3月13日、青函連絡船廃止され、JR北海道 海峡線(津軽海峡線)開業に伴い、津軽線の青森~新中小国信号場間が交流電化されました。

いよいよ転換点ですね。この時点をもって函館は再開発へと動くわけですが青森は動かなかったんですよね。まあ、まだこの時点では青森はかなり賑わってましたからね~

1990年(平成2年)3月10日、東口のみどりの窓口内にびゅうプラザ青森がオープン!このびゅうプラザは新駅舎にも設置されるようなので一安心ですかね。

そして、またもや大きな転換期を迎えます。
2010年(平成22年)12月4日、東北本線青森~八戸間が青い森鉄道に移管され、JR東日本と青い森鉄道の共同使用駅となる。
所属線も東北本線から奥羽本線に変更され、青森地区駅長が青森駅長兼務から新青森駅長兼務に変更されました。

青森駅としては、青函連絡船の終焉に次ぐ大きな転換期と言っていいでしょう。
今まで最長路線として君臨してきた東北本線がなんと!盛岡までに縮小されてしまい青森まで来なくなってしまったという衝撃!東北新幹線の盛岡までは国鉄時代に作られたから並行在来線をま逃れたが、盛岡~八戸~新青森間はJR化後に作られたので並行在来線として分離され盛岡~目時間がIGRいわて銀河鉄道へ、目時~青森間が青い森鉄道へと転換された。
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今まで青森駅の駅名標は上野駅の対になる形でどの方向にも次駅の案内がなされていないタイプのものが採用されていたが、この東北本線が移管されたことにより、元東北本線方面専用ホームだった1・2番線が青い森鉄道専用ホームへと移管され駅名標も青い森鉄道専用のものへと交換されてしまった。
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さらには、青い森鉄道には超大編成が乗り入れないという事から青森港側の機回し線などすべてが撤去!さらにホームも後ろの方は立ち入り禁止となった。

この処置には正直目を疑ったし、ビックリしたよ。
あ~長く続いた青森駅の歴史に終止符が打たれたんだな~って・・・上の寝台特急日本海の画像見てもらうと分かると思いますが、寝台特急日本海が止まってるホーム1番線なんですよ!

もうこの頃から青森駅は廃れ始めていってたと私は自覚している。駅前のホテルがつぶれ始めたのもだいたいこの頃からだったし、一番の衝撃は駅前にあったワシントンホテルですら潰れたことですよ。

そして、青森駅に追い打ちをかけるあの出来事が起きる。。。
2016年(平成28年)3月21日、北海道新幹線開業に伴い、津軽海峡線旅客列車の運行が終了(新幹線開業日である3月26日付で廃止)これにより、青森駅への特急は「つがる」のみとなってしまう。

また、4月1日には新青森駅が当駅管理下となり、青森地区駅長が新青森駅長兼務から青森駅長兼務に変更となった。
まあ、もともとは新青森駅は無人駅だった訳ですが、2010年の東北新幹線全通で当時の青森駅長が新青森駅長に人事異動して、青森駅は新たな人が駅長になったんですよね。この時点で青森駅長と新青森駅+青森地区駅長の2名体制だったものが、組織の変更で1人で2駅+青森地区の駅長を兼務するという感じになったという感じ。。。

津軽海峡線が無くなったことを皮切りに、青森県・青森市が老朽化した青森駅の利便性悪いから新しくした方がよくね?という感じの提案をしてくる。
2016年7月1日、青森県・青森市・JR東日本が「青森駅周辺整備事業」の基本協定を締結する。

これぞ、新駅舎竣工への第一歩となった出来事である。
2年後には、さらにまとまり・・・
2018年(平成30年)
6月6日、青森県・青森市・青森商工会議所・JR東日本が「青森駅周辺のまちづくりに関する連携協定」を締結。
7月18日、青森県・青森市・JR東日本が「青森駅自由通路整備等に関する工事の施行協定」を締結。
11月7日、東西自由通路設置工事および橋上駅舎化工事の安全祈願祭を行う。

本日、開業した東西自由通路の工事を開始したのが2018年11月という事です。

青森駅の出来事はまだ終わらない!
翌2019年(令和元年)6月1日、蟹田駅業務委託化・三厩駅無人化に伴い、津軽線中沢~三厩間が青森駅管理下となります。
津軽線の中でも三厩駅がついに無人駅になってしまうというのが衝撃的だったこのニュース。津軽海峡線が無くなりここまで廃れていくのかと・・・

やっぱりね地域輸送って大事なのよ!津軽海峡線特急は色々な意味で地域に貢献してたんじゃないかな~って思うよ。北海道新幹線できた後に乗ったけどさ、あれって盛岡とか仙台から函館へ行く人には良いかもしれないけど、青森市に住んでる人にとっては全然利便性が良くないんだもん。

今まで、青森駅から乗れば函館に行けたのにさわざわざ、新青森で乗り換えて新幹線乗っても新函館北斗で乗り換えなきゃならないやん?そんなのめんどくさくて年寄りにはできないのよ。なんか乗り継がせるんだ!ってなるよ普通に考えて。そうしたら自然と函館行くのやめよ。とか津軽海峡フェリーで行けばいいか~ってなる訳よ。それをわかってないJRは本当にダメ。

また逸れましたねw
いや~つい語ってしまうんですよね・・・愛着がある駅だからこそこう物申したくなるというかなんというか・・・また戻します。

そして昨日、2021年(令和3年)3月26日、4代目駅舎及び西口の窓口営業が終了。
深夜0時過ぎ・・・今まで61年間にわたって点灯してきた「あおもり駅」の電灯が消灯され、4代目駅舎としての責務を全うし新駅にバトンを渡した。

本日3月27日、新駅舎(5代目)及び東西自由通路の供用が開始されたのだが、この新駅舎は問題があるようである。それが!
トイレ少ない問題

4代目駅舎には改札外にトイレが設置されていたのだが、新駅舎は自由通路の中に駅舎があるというタイプになっているという事からトイレが改札内にしか設置されていないという問題というよりデメリットがあるようである。
これは、非常に由々しき事態と言っても過言ではないですよ!青森県と青森市はそれに対する努力義務をする必要があると思いますね。老朽化していたとはいえ青森駅周辺の再開発を持ち出したのは青森県であり青森市なのだから・・・

長い歴史を誇った4代目駅舎は今後解体されてその跡地も大きく変貌するらしいです。
今後、青森駅がどのように変化・変革していくのかこれからも私は見守っていきたいと思います。

青森駅が好きだったからこそ、今後もこれからもどうなっていくのか見ていきたいと思います!

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185系は引退してしまいましたが・・・
現在も185系に似た汎用型特急形が走っているのを皆さんはご存じだろうか?
特急にも普通電車の運用も受け持って運転されているその列車は・・・
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そう!JR東海を走る373系である!!!

もともとは、JR東海管内で運転されていた165系の老朽取替えを主目的として、中長距離普通列車から特急列車まで、幅広い運用に応える汎用性の高い車両として開発された車両です。

373系は当初より身延線や飯田線などローカル線での短編成運用への投入(急行列車の特急格上げ)を念頭に置いたため、普通車のみ1M2Tの3両編成を基本ユニットとしており、必要に応じて編成単位で増結する方式をとっています。
また、他のJR東海の特急型車両(383系電車・キハ85系気動車)と同様に眺望を意識して窓ガラスを大きくしたことから、これらと同じく『ワイドビュー』の愛称を持つ車両となっている。

つまり!普通電車でもワイドビュー普通ということwww

185系との違いとしては・・・
185系は東海道線普通列車への充当を念頭にしていたためグリーン車を併結した10両編成が基本編成となっていることが大きな違いです。
373系については、185系とは違い臨機応変に編成を変えることが出来るというのが大きな強みと言っていいと思います。

373系は現在、静岡車両区(静シス)に所属しており主な運用は・・・
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身延線の特急「ふじかわ」、飯田線の特急「伊那路」が主な運用となっているが、現在でも間合い運用として普通列車として充当されています。

普通列車としての主な運用は、東海道線の浜松~豊橋間(上下3往復)沼津~熱海間(上下1往復)飯田線 駒ケ根~天竜峡間(上り1日1本)、天竜峡~飯田間(下り1日1本)の運用についています。
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かつては、特急「ワイドビュー東海」や東京発静岡行きの普通列車として東京口にも顔を出していました。

なお、こちらの記事については当ブログで書いた特集から「~静岡へ一直線!特急「ワイドビュー東海」~」の記事をご覧ください!

その他、「ムーンライトながら」もこの車両がかつては受け持っていた。


先日引退した185系とは違い、現在も多岐にわたって使用されている373系もデビューから26年が経過しました。185系が40年でしたからあと14年ぐらいは走れそうですねwww

私個人的には、この車両あまり好きではないんですが・・・
185系が引退した今!この車両が注目されてもいいのではないかと思い今回記事にしました!

特に注目してもらいたいのが、音なんですよ!
とりあえず、動画を見て発車する音とモーター音に注目して見てもらいたいです。
どうです?185系にも引けを取らないほどの良いモーター音じゃないですか?

185系は185系で唸るブロアー音やブレーキ緩解音、ドア開閉音など聞きどころが満載ですよね~
先日NEW DAYSで発売した「185系CDブック」なんて即日完売したほど185系は確かに音は良いですもんね~

けど、こちらもいい音だと思いませんか?
JR化後は、あまりいい音が鳴る電車って減りましたがE501系のドレミファインバーターや209系のブレーキ緩解音、そして373系のモーター音はJR化後の列車の中ではいい音の部類に入るかと思いますが、皆さんはどうでしょうか?

185系が引退した今!185系にも劣らない魅力があるJR東海373系の話題をお届けしました!
最後にもう1本動画を公開します!
373系の貴重な幕回しです!注目してもらいたいのは今は使わない方向幕が有るという事です!

特に「東京」の幕や「シュプール」など今や見掛けない幕が収録されている点にも要注目でご覧ください!

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